人間が酸素を吸う理由はエネルギーを得るため

人間は、なぜ酸素を吸うのでしょうか。

普段、こんなことを考える人はあまりいませんよね。考えたとしても、「酸素を吸わなかったら苦しくなるから」という程度でしょう。

呼吸は意識しなくても勝手に行いますから、仕事中でも、勉強中でも、遊んでいる最中でも、「酸素を吸って二酸化炭素を吐き出さなければ」なんて考える必要はありません。それゆえ、人はなぜ酸素を吸うのかを考えないのかもしれません。

酸素を吸わなければ人間は死ぬ

当たり前のことですが、人間は酸素を吸わなければ死んでしまいます。

では、なぜ、酸素を吸わなかったら死んでしまうのでしょうか?

それを考える前に人間が酸素を吸う目的を知っておかなければなりません。消化器病学、肝臓病学、健康管理を専門とされている石川隆先生監修の「カラー図解 生理学の異本がわかる事典」で呼吸について簡単に説明されているので引用します。

呼吸は、細胞がエネルギーをとり出すために必要な酸素を空気中からとりこみ、エネルギー産生のときに発生する二酸化炭素を体外に排出するためにおこなわれます。(96ページ)

つまり、酸素は人間が生きていくために必要なエネルギーを得るために欠かせないということです。だから、空気を鼻や口から吸って、その中に含まれている酸素を体の中に入れることは、エネルギー獲得が目的と言えます。

そして、酸素を吸わなかったら人間は死ぬのですから、酸素なしでは人間が生きていくために必要なエネルギーを得られないということでしょう。

解糖系だけではATP産生量が少なすぎる

人間は、アデノシン三リン酸(ATP)をエネルギーとして利用し活動しています。人間がATPを獲得する経路は大きく2つあります。

  1. 酸素が無くてもグルコース(ブドウ糖)を材料に少ないATPを獲得できる解糖系
  2. 酸素を消費してアセチルCoA(コーエー)を材料に多くのATPを獲得できるミトコンドリア

人間は、酸素を吸わなくても解糖系でATPを獲得できます。しかし、解糖系で得られるATPは、グルコース1分子を投入して、わずかに2分子だけです。もしも、解糖系で得られるATPだけで人間の活動に必要なエネルギーを賄えるのなら、人間は酸素を吸わなくても生きていけるでしょう。

しかし、人間は酸素を吸わないと生きていけませんから、解糖系で得られる2分子のATPだけではエネルギー不足になると考えられます。

一方、ミトコンドリアは、1分子のアセチルCoAから12分子のATPを得ることができます。得られるATPは10分子とも言われてます。解糖系と比較すると多くのATPをミトコンドリアは作り出せます。しかし、ミトコンドリアがATPを産生するためには酸素が必要です。

解糖系で得られる2分子のATPだけでは人間は生きていけませんが、酸素を吸ってミトコンドリアでアセチルCoAから10分子程度のATPを獲得できれば生きていけるのでしょう。なお、ミトコンドリアは脂肪酸のβ酸化などから得られる「NADH+H⁺」や「FADH₂」からも酸素を消費してATPを獲得できますが、ここでは説明を省略します。

グルコースが主要なエネルギー源と言われている理由

グルコース(ブドウ糖)は、人間にとって主要なエネルギー源だと言われています。しかし、グルコースを材料に解糖系で得られるわずかなATPでは、人間の活動に必要なエネルギーを獲得できません。それなのにどうしてグルコースが主要なエネルギー源と言われているのでしょうか。

これを考える前にまず下の図を見てください。

糖質、タンパク質、脂質からエネルギー(ATP)産生までの経路

この図を見ると、糖質、タンパク質、脂質の三大栄養素は必ず解糖系を経由してミトコンドリアでATPを獲得していることがわかります。

  • 糖質はグルコースに分解され解糖系を通ってピルビン酸になった後、ミトコンドリアでアセチルCoAとなりATPが産生される
  • タンパク質はアミノ酸に分解され糖新生によってグルコースに変わる。そして、解糖系を通ってピルビン酸になった後ミトコンドリアでアセチルCoAとなりATPが産生される
  • 脂質はグリセロールに分解され糖新生によってグルコースに変わる。そして、解糖系を通ってピルビン酸になった後ミトコンドリアでアセチルCoAとなりATPが産生される

すなわち、三大栄養素は「解糖系を通ってピルビン酸」になった後、同じ経路でATPを作り出す材料となります。解糖系を通るのはグルコースです。アミノ酸もグリセロールも糖新生によってグルコースに変わるから、結局、三大栄養素は全て解糖系を経てATPになります。

だから、タンパク質も脂質もグルコースと同じようにATPになるので、グルコースを主要なエネルギー源と言っているのです。

脂肪酸こそ主要なエネルギー源

しかし、上記の図を見ると、三大栄養素で見落としているものがあります。

それは、グリセロールと同じように脂質が分解されてできる脂肪酸です。図を見ればわかりますが、脂肪酸は糖新生から解糖系を経由しなくても、直接ミトコンドリア内に入ってアセチルCoAに変わります。

最初に述べましたが、人間は酸素を吸わなければ生きていけません。ミトコンドリアで酸素を消費して多くのATPを獲得しなければ、人間は活動できないのです。

したがって、アセチルCoAこそが人間が生きていくために必要なATP量を獲得するための材料として重要なのだと、普通なら考えるでしょう。そして、脂肪酸の方がグルコースよりも手間なくミトコンドリアに入れてアセチルCoAになれるのですから、脂肪酸こそが主要なエネルギー源と考えるべきではないでしょうか?

しかし、糖質、すわなちグルコース(ブドウ糖)が主要なエネルギー源だと言われているのは、解糖系の発見が、ミトコンドリアで脂肪酸をアセチルCoAにするβ酸化よりも早い時期に発見されたからだと思います。

解糖系の発見は戦前ですが、β酸化の発見は1950年代です。

もしも、β酸化が先に発見されてミトコンドリアでのエネルギー産生の経路が解糖系よりも早く解明されていれば、糖質が主要なエネルギー源だと言われなかったかもしれませんね。

参考文献