人間は、アデノシン三リン酸(ATP)というエネルギーを体内で作り出して日々活動しています。
ATPはクレアチンリン酸から作られたり、グルコース(ブドウ糖)を使って細胞質の解糖系で作られたりしますが少量です。人間が生きていくために必要な量のATPを生み出すのは細胞内にあるミトコンドリアで、アセチルCoA(コーエー)を主原料とします。
アセチルCoAは、グルコースからできるピルビン酸からも作られますが、より多くのアセチルCoAを作る材料となるのは中性脂肪の分解産物である脂肪酸です。
今回は、脂肪酸からアセチルCoAがどのように作られるのか、分子式を一切使わずに説明します。
脂肪酸からアシルCoAへ
脂肪酸からATPを産生するには、まず細胞質内で脂肪酸がアシルCoAに変換されなければなりません。
しかし、アシルCoAはミトコンドリア膜を通過できないので、このままではミトコンドリアの中に入れません。そこで、アシルCoAの一部がカルニチンと結合してアシルカルニチンとなり、ミトコンドリア膜内に入ります。
ミトコンドリア膜内に入ったアシルカルニチンは、ミトコンドリア内に取り込まれて再びアシルCoAになります。
よくダイエットサプリにカルニチンが配合されています。おそらく、カルニチンが脂肪酸(アシルCoA)をミトコンドリア内に取り込むために必要な成分だから、中性脂肪のエネルギー利用を促進させる狙いがあるのでしょうね。
ちなみにカルニチンは牛肉に多く含まれていますが、豚肉や鶏肉にはあまり含まれていません。牛肉よりも豚肉や鶏肉の方が太りにくいように思いますが、脂肪酸のエネルギー利用という面から考えると牛肉の方が太りにくいのかもしれませんね。なお、カルニチンは体内でもアミノ酸から作り出せます。
パルミチン酸のβ酸化
ミトコンドリア内に入ったアシルCoAは、このままではATPを作り出せないので、ミトコンドリアが利用しやすい形に切っていきます。これをβ(ベータ)酸化といいます。
例えば、脂肪酸のうちパルミチン酸は炭素原子が16個つながっていますが、このつながりを切断して炭素原子2個を1組に分けていきます。下の図は、パルミチン酸(アシルCoA)のβ酸化を簡略化したものです。ニコちゃんマークが炭素原子を表していて、2個おきにつながりを切断していきます。
炭素原子が16個つながったパルミチン酸を2個ずつ8組に分けるためには、β酸化が7回繰り返されます。この2個1組になったにニコちゃんマーク(炭素原子)のつながりがアセチルCoAです。
クエン酸回路での産生物
脂肪酸がβ酸化を受けてアセチルCoAになると、ミトコンドリアはこれを使ってクエン酸回路(TCAサイクル)を回します。
クエン酸回路を1回転させると、以下の産生物が得られます。
- 1分子のATP
- 3分子のNADH
- 1分子のFADH₂
ミトコンドリアがアセチルCoAを原材料としてクエン酸回路を回しても1分子のATPしか得られません。しかし、クエン酸回路を回した時に得られる産生物にはNADHとFADH₂もあり、ミトコンドリア内の電子伝達系(電子伝達鎖、呼吸鎖)でATPが取り出されます。
NADHは、ナイアシンの補酵素型であるNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)が還元されたものです。また、FADH₂は、ビタミンB₂の補酵素型であるFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)が還元されたものです。ちなみに還元とは他の物質から電子を受け取ることです。反対は酸化で、他の物質に電子を渡すこと、言い方を変えると電子を奪われることです。
電子伝達系では、1分子のNADHから3分子のATP、1分子のFADH₂から2分子のATPが獲得されます。したがって、ミトコンドリアでは1分子のアセチルCoAから12分子のATPを獲得できます。
- クエン酸回路→1分子のATP
- 3分子のNADH→9分子のATP
- 1分子のFADH₂→2分子のATP
- 合計12分子のATP
1分子のパルミチン酸からは8分子のアセチルCoAが作り出されますから、獲得できるATP量は96分子です。
- 8分子のアセチルCoA×12分子のATP=96分子のATP
β酸化でもNADHとFADH₂が得られる
さらに脂肪酸のβ酸化1回からは、NADHとFADH₂が1分子ずつ得られます。
したがって、β酸化1回からは5分子のATPを獲得可能です。パルミチン酸の場合は、ベータ酸化が7回行われるので合計35分子のATPを獲得できます。
これに8分子のアセチルCoAから得られた96分子のATPを加えると、1分子のパルミチン酸からは131分子のATPが得られます。ただし、β酸化の最初の段階でエネルギー投資が行われ、これが2分子のATPに相当するので、パルミチン酸から得られる正味のATP量は129分子となります。
なお、NADHは2.5分子のATP、FADH₂は1.5分子のATPとして計算する説もあります。この説に則ってパルミチン酸のATP産生量を計算すると106分子になります。
グルコース1分子から解糖系で得られるATPはたったの2分子ですから、ミトコンドリアでパルミチン酸から得られる129分子のATPがいかに多いかがわかりますね。グルコースも解糖系の後にミトコンドリアでATPを産生しますが、それでも合計38分子でしかありません。
脂肪酸の中でも炭素原子が18個つながったステアリン酸をβ酸化して、クエン酸回路を回すと、146分子ものATPが獲得できます。こうやって計算してみると、グルコースよりも脂肪酸の方がエネルギー源として優れていることがわかりますね。