日本人が糖尿病を発症しやすいのは自然淘汰が進んでいないからじゃないの?

日本人に限らずアジア系の人は、2型糖尿病になりやすいとされています。

2型糖尿病は、血糖値が上がってもうまく下げることができない病気で、様々な合併症を引き起こす疾患です。血糖値を下げれなくなるのは、すい臓のβ細胞から血糖を下げるインスリンと呼ばれるホルモンの分泌量が減るインスリン分泌能低下、インスリンは分泌されていても体が血糖の取り込みを拒否するインスリン抵抗性の増大が原因とされています。

アジア系の人はインスリン分泌能低下を原因として2型糖尿病を発症しやすいようです。一方、欧米人は肥満が進行して、これ以上体が血糖を取り込めなくなってインスリン抵抗性が増大することで、2型糖尿病を発症する傾向があるようです。

ところで、両者の違いはなぜ起こるのでしょうか?

乳糖不耐症を考えてみる

アジア人と欧米人で糖尿病の発症の仕方が異なることは、乳糖不耐症の人とそうでない人との比較に似ているように思います。

乳糖不耐症とは、簡単に言うと、牛乳を飲むと下痢をしてしまうことです。牛乳には、乳糖が含まれていますが、これを分解するためにはラクターゼという酵素が必要です。哺乳類は、生まれたばかりの頃はラクターゼを持っています。でも、乳離れするとラクターゼが無くなります。だから、哺乳類が大人になってミルクを飲むと、お腹を下して栄養を補給できません。

でも、中には大人になってもラクターゼが失われない人がいます。そういった人は、かつての遊牧民に多くいることが研究でわかりました。動物育種繁殖学を専門としている酒井仙吉先生の著書「哺乳類誕生 乳の獲得と進化の謎」で、これについて解説されています。

中東・ヨーロッパ人、東アフリカ人になぜラクターゼ所有者が多いのかに関心が集まった、その理由がラクターゼ遺伝子、正確にはこの遺伝子の発現を制御する領域で起きた突然変異にあった。成人になってもラクターゼ遺伝子が働き、ラクターゼがなくならなかったのだ。
(中略)
進化の理論からすると牛乳を重要な栄養源とした民族ではラクターゼ所有者が生存に有利となり、突然変異したラクターゼ遺伝子が集団に広がった(ハーディー・ワインベルグの法則)。(192~193ページ)

つまり、ある集団が牛乳や乳製品から多くの栄養を補給する食生活をし始めたら、大人になってラクターゼが無くなった人たちは栄養補給ができなくなり自然淘汰され、大人になってもラクターゼが無くならなかった人たちの子孫が残ったということです。

突然変異と聞くと、進化と思ってしまいますが、単純に個人差と言えるのではないでしょうか?牛乳を飲んで下痢をしやすかった人は子供を産む前に栄養失調で亡くなることが多く、そういう人たちが長い年月を経て、集団の中で少数派になっていった結果、大人になってもラクターゼ遺伝子が働く人たちの割合が増えたのだと思います。

同書では、イギリスの産業革命の時代に蛾の色が淡黄色から黒色に変化したことについても紹介されています。この時代は薪や石炭で動く蒸気エンジンが使われていたので、広い地域が煤で覆われて黒くなっていたそうです。だから、蛾も環境に適応するために淡黄色から黒色に変わったのだと考えられていました。しかし、本当の理由はそうではなく、黒い世界では淡黄色の蛾は鳥に捕獲されやすく、黒色の蛾は見つかりにくかったから、黒色の蛾が生存に有利だったということです。

これも、自然淘汰の一例と言えますね。

農耕社会では糖質をエネルギー利用しやすい人が有利

乳糖不耐症は哺乳類本来の姿です。でも、牛乳や乳製品の常食により乳糖不耐症の人が少なくなっていきました。

ここからは私の妄想ですが、欧米人とアジア人の2型糖尿病発症の原因の違いも自然淘汰が理由なのではないでしょうか?

農耕の文化は大陸から日本に伝わったとされています。だから、大陸に住んでいる人たちの方が日本人よりも農耕の歴史が長いと考えられます。

農耕の開始で米や麦をよく食べるようになると、炭水化物(糖質)の摂取量が多くなります。だから、体に糖質を効率的に補給できる人ほど、農耕社会では生存に有利と言えます。

インスリンは血糖値を下げるホルモンですが、別の見方をすると細胞に血糖(ブドウ糖)を取り込ませてエネルギー利用させる働きがあります。だから、インスリンの分泌量が多い人ほど細胞がブドウ糖をエネルギー利用しやすいので、農耕社会ではインスリンを分泌するすい臓のβ細胞の働きが強い人ほど生存に有利となります。

したがって、すい臓のβ細胞の働きが弱い人は自然淘汰されていき、次第に集団内でβ細胞の働きが強い人の割合が増えていきます。農耕の歴史が長くなれば長くなるほど、すなわち、糖質量の多い食品を食べる習慣が長ければ長いほど、その割合は高まっていくはずです。

農耕の歴史が短いと自然淘汰が起こりにくい

では、β細胞がよく働く人が、米や麦など糖質が多く含まれている食品を食べ続けるとどうなるのでしょうか?

血糖はインスリンによって細胞に取り込まれてエネルギー利用されますが、余剰分は脂肪組織に蓄えられていきます。糖質を頻繁に食べていれば、徐々に太っていき、やがて脂肪組織が血糖を取り込めなくなります。これが、インスリン抵抗性の増大ですね。

インスリン抵抗性が増大しても、高すぎる血糖値を下げようと、すい臓はインスリンを出し続けます。しかし、血糖値は下がりません。だから、すい臓はインスリンの分泌を継続します。このようなことが食事のたびに起こると、やがて、すい臓のβ細胞が壊れてしまいます。そう、インスリン分泌能が低下するのです。

さて、冒頭でも述べましたが、日本人はインスリン抵抗性が増大する前にインスリン分泌能が低下して2型糖尿病を発症するとされています。なぜ、インスリン抵抗性の増大前に2型糖尿病になるのか、それは、農耕の歴史が浅くすい臓のβ細胞の働きが弱い人の自然淘汰が進まなかったからではないでしょうか。

日本人の中にも、すい臓の働きが強い方はいるはずです。そういう方は、少しの糖質摂取量でも太りやすい方で、西洋諸国の人たちに多く見られるように肥満してからインスリン抵抗性が増大し、そこからインスリン分泌能低下につながって2型糖尿病になるのだと思います。

すい臓の働きが弱い方は、肥満するまでインスリンを分泌しなくても、β細胞が壊れてしまい2型糖尿病にいたるのでしょう。おそらく、人間は、本来インスリン抵抗性が増大する前にインスリン分泌能が低下する生き物なのだと思います。

農耕の歴史が浅い日本では、すい臓が弱い人の自然淘汰は起こらず、食が多様化している現代日本でも、そうそう、すい臓が弱い人が生き残れないといったことはないでしょうね。

だから、欧米人よりもすい臓のβ細胞の働きが弱い傾向にある日本人こそ、糖質が多く含まれた食品を控え、血糖値を上げない食事を心がけるべきだと思います。

参考文献