医学論文のRCTは合格ラインが設定されていないものばかり

ニュースサイトを読んでいると、健康や医療に関する新たな研究結果が発表されたといった記事を見かけることがあります。

「ある成分がガン予防に効果があることがわかった」とか「特定の食品を食べている人は死亡率が30%高まることが分かった」とか、そんな記事です。このような記事は、医学者が書いた論文を紹介していることが多いので、内容に信頼性があるように思います。

でも、何か腑に落ちない部分があります。それで、なぜ腑に落ちないのかを考えていたのですが、どうも、医学論文には合格ラインが設定されていないことが多いんじゃないかと思ったんですよね。

損益分岐点分析のようなものが医学界には存在するのか?

医学界以外の業界であれば、公的機関を除けば、ほとんんどが、モノを売ったりサービスを提供したりして対価を得る業務を行っています。

例えば、商品を売る際、「なんとなくこれくらいの金額なら儲かりそうだよね」という感覚で値決めをすることはないと思います。地域の夏祭りに出す露店であれば、このような売価の決定の仕方も許されるでしょうが、継続的に事業を行っているのであれば、商品1個あたりの原価を計算し、そして、市場で何個までなら売れそうかを各種資料を集めて検討するはずです。

しかし、商品が何個売れるかわかったとしても、その販売個数で利益が出なければ売る意味がありません。

そこで、商品を仕入れたり、製品を製造したりする前に採算が取れる販売個数がいくつなのかを分析する必要があります。このような分析を損益分岐点分析といいます。

損益分岐点とは、その商品を販売した時に元が取れる売上高、あるいは販売数量のことです。グラフにすると以下のようになります。

損益分岐点分析

例えば、新たにパソコンを生産して販売する計画があったとしましょう。この場合、100個売れれば元が取れるという採算ラインが損益分岐点です。もしも、パソコンを製造販売しても、80個しか売れないと見込まれた場合には、その計画は中止しなければなりません。赤字になるのがわかってますからね。

医学論文には、どうも損益分岐点分析のような合格ラインを設定した研究内容が見当たらないように思えます。

ランダム化比較試験はただのABテスト

医学論文の中では、ランダム化比較試験(RCT)から得た結果であれば信頼性が高いとされています。エビデンス(科学的根拠)レベルが高いと表現されることが多いですね。

「RCTとはなんぞや」というと、事業会社が行うABテストのことです。ABテストは、2つの商品あるいはサービスを比較して、どちらがより利益の獲得に貢献するかを分析する手法です。

例えば、パソコンを製造販売する案の他にテレビを製造販売する案があったとしましょう。採用できるのは、どちらか1つです。この場合、利益を多く獲得できる方を製造販売すべきとなりますが、どちらが多く売れるのかは市場調査をしてみないとわかりません。

そこで、まずパソコンとテレビの1個あたりの製造原価と販売価格を決め、試験的に両方を一定期間製造販売してみるわけです。

試験販売は1ヶ月間だったとします。この1ヶ月間でパソコンは100個、テレビは80個が売れたとしましょう。この場合、パソコンの方が多く売れているので、新たに継続的に製造販売するべきはパソコンだと決定しました。

しかし、このような試験販売を実施できないこともあります。パソコンもテレビも、まだ製造していないのですから、試験販売を行うのは難しいことです。

試験販売ができないのであれば、他社の事例を分析して、パソコンとテレビのどちらが売れそうかを予測することもできます。しかし、1社だけの情報では正確に市場での需要を予測しにくいですし、製造原価が高いか低いかも判断しにくいです。そこで、複数の会社の情報を集めてきてパソコンとテレビの販売数量や製造原価を予測します。このように複数の情報を分析するのがメタアナリシスです。

医学界では、複数のRCT(ABテスト)の結果を分析したメタアナリシスが極めてエビデンスレベルが高いとされています。しかし、これだけでは片手落ちです。

合格ラインを設定しないと意味がない

先ほど、パソコンは100個、テレビは80個売れたと仮定しました。そして、パソコンの方が多く売れているので、新たに製造販売すべきはパソコンと決定しました。

ところが、この段階では、まだどちらを製造販売すべきかを決めてはいけません。なぜなら、その販売個数で採算が取れるかどうか、つまり、損益分岐点分析を行っていないからです。

仮に損益分岐点分析を実施した結果、パソコンの損益分岐点販売数量が150個、テレビの損益分岐点販売数量が70個だったとします。そうすると、パソコンは100個売っても採算が取れないので製造販売を行ってはいけないという結論になります。一方、テレビは販売数量は少ないものの採算ラインをクリアしているので、新たに製造販売することで利益を獲得できます。

したがって、この場合、製造販売すべきはテレビとなります。

冒頭で、「医学論文には合格ラインが設定されていない」と述べたのは、こういうことです。

単にA薬とB薬を比較して、A薬の方が良い結果が出ているからA薬を使うべきだと判断するのはおかしいだろうと。

どちらの薬を使う場合でも、一定の合格ラインが設定されていなければ大した意味がありません。A薬を服用すると7日で病気が治ったとしても、薬を一切飲まなかった場合に8日で病気が治るのなら、A薬を服用するメリットはそれほど大きくありません。

もしも、B薬は病気が治るのに9日かかっていたとしたら、それは、治りを遅らせている毒なのですから、比較の対象にすらなりません。

「薬を飲まなくても8日で治るのなら、薬を使った場合の合格ラインは4日以内に設定する」といったことが試験前に決められていないのであれば意味がありません。

損益分岐点分析のような分析を行わずにABテストを実施すると、まちがった経営意思決定をしてしまいます。

医学界だって、損益分岐点分析のような分析をRCTに加味しないとまちがった結論を導いてしまうと思います。

損益分岐点分析は、原価計算や財務管理の本で解説されていますが、これらの本を読んでいるお医者さんは少ないんじゃないですか。

お医者さんは、高度な論文を書いたり読んだりしているなと思っている方は多いと思いますが、あなたが勤めている会社の方がもっとレベルの高い分析をしているはずですよ。