ウィルスの進化速度は哺乳類の数百万倍の速さ

インフルエンザを予防するためワクチンを接種している方がいると思います。

ワクチンは、1回か2回接種すれば、長期間にわたり特定の感染症にかからなくなります。でも、インフルエンザワクチンは、毎年、接種しなければなりません。

その理由は、インフルエンザウィルスの進化速度が非常に速く、従来のワクチンでは進化したインフルエンザウィルスに効果を発揮できないからです。

生物進化は数百万年単位で起こる

通常の生物の進化は、数百万年単位で起こるとされています。

ヒトも含まて哺乳類の進化も、数百万年単位で起こります。

生物の体はタンパク質でできていますが、タンパク質はDNAからコピーしたRNAの遺伝情報をもとに作られます。RNAに書かれている遺伝情報は、A、U、G、Cの4種類の文字で構成されており、これら4種類の文字を塩基と言います。

タンパク質はアミノ酸の集合体で、4つの塩基のうちから3つを1セットとしてアミノ酸を指定しています。

例えば、「UUC」とRNAに記されていれば、フェニルアラニンというアミノ酸を使ってタンパク質を作ります。「UUA」であればロイシン、「UAA」であればイソロイシンをつなげていきます。

このようにDNAからコピーしたRNAの塩基配列に基づいてタンパク質が作られていくのですが、たまにコピーミスが起こります。

「UUC」とコピーするところ、まちがって「UUU」とコピーしてしまうことがあるんですね。「UUC」だとフェニルアラニンを指定していますが、「UUU」だと、どのアミノ酸を指定することになるのでしょうか。

実は、「UUU」もフェニルアラニンを指定しています。したがって、「UUC」から「UUU」にコピーミスが起こっても、作られるタンパク質に変化はありません。

でも、「UUC」から「UUA」にコピーミスが起こると、本来、フェニルアラニンを使わなければならないところにロイシンを使ってしまうので、できあがったタンパク質も、本来のタンパク質とは違ってきます。

生物進化とは、このように塩基のコピーミスから起こるものであり、前者のように塩基は変わってもタンパク質は変わらないことを同義置換、後者のように塩基もタンパク質も変わることをアミノ酸置換(非同義置換)といいます。

しかし、コピーミスが起こっても、生物にはコピーミスを修復する機能が備わっているため、塩基置換が起こっても修復されて本来のタンパク質が作られます。そのため、生物進化は、数百万年単位でしか起こらないと言われているんですね。

ウィルスの進化速度は非常に速い

一方、ウィルスの進化速度は非常に速く、哺乳類の数百万倍の速度とされています。つまり、哺乳類が100万年かかって進化するとすれば、ウィルスは1年で進化してしまうのです。

特にインフルエンザウィルスは、複数の型があるのでやっかいです。

インフルエンザウィルスには、赤血球を凝集させる働きを持つ赤血球凝集素ヘマグルチニン(HA)と酵素の働きを持つイノラミニダーゼ(NA)があります。それらには亜系があり、H1N1(Aソ連型)、H1N2、H2N2、H3N2(A香港型)といった種類があります。

また、インフルエンザウィルスをA型、B型、C型に大きく分けることもありますが、この場合、A型から順に流行の程度が小さくなります。そして、進化速度もA型から順に小さくなっていきます。理学博士の宮田隆先生の著書「分子からみた生物進化」の123ページにA型、B型、C型の進化速度が掲載されているので、紹介しておきます。

  • A型=1.1×10⁻²/塩基/年
  • B型=0.21×10⁻²/塩基/年
  • C型=0.14×10⁻²/塩基/年

ちなみに哺乳類の核遺伝子の進化速度は「2.8×10⁻⁹/塩基/年」です。哺乳類の核遺伝子と比較すると、インフルエンザウィルスは1年で1塩基が変わる確率が非常に高いことがわかります。

このウイルスでは地質年代(一〇〇万年)の単位でおこる通常の生物の進化現象がわずか数年の単位でおこる。この高い変異性がワクチンを作ることを困難にしている理由であろう。HAやNAがどんどん変わるので、せっかく作ったワクチンも役立たずになってしまう。(124ページ)

このようなインフルエンザウィルスの特徴から、世界のどこかでインフルエンザが発生すると、世界保健機関(WHO)に報告され、そのウィルス株を単離して凍結保存し、ワクチンの開発やウィルスの研究に利用されます。

インフルエンザウィルスは、RNAウィルスです。RNAウィルスは、塩基のコピーミスが起こりやすいので、インフルエンザウィルスは変異しやすいとされています。コロナウィルスもRNAウィルスなので、やはり、変異の速度は速いと考えられます。

インフルエンザにしろ、コロナにしろ、ワクチンで感染を予防するのであれば、延々と開発を続けなければならないようですね。

参考文献