インスリンはアミノ酸代謝制御が本来的働き。血糖降下作用は派生的。

糖質(炭水化物)を食べると血糖値が上がります。血糖値が上がると、すい臓のβ細胞からインスリンが分泌されて、余分な血糖は血液中から除去されます。

血液から除去された血糖はどこに行くかというと、脂肪組織です。血糖は中性脂肪に変えられて脂肪組織に蓄えられます。だから、糖質摂取は肥満の原因であり、インスリンは肥満ホルモンと呼ばれています。

上がった血糖値を下げるホルモンは、インスリンしかないので、インスリンの主たる働きは血糖降下作用だと考えられています。でも、生物進化の観点からは、血糖降下作用は派生的役割で、本来的役割はアミノ酸代謝制御のようです。

インスリンはタンパク質摂取で分泌されるもの

裳華房から出版されている「成長・成熟・性決定-継-」という本を読んでいるのですが、同書の中にインスリンについて興味深い記述がありました。

この本は、日本比較内分泌学会編集委員会が編集しており、ホルモンから生命現象や生物進化を解説しています。

インスリンは、人間も含めた哺乳類だけでなく、鳥類、魚類、爬虫類、両生類でも分泌されます。インスリンは、糖質摂取だけで分泌されると思っている人もいますが、実際にはタンパク質摂取でも分泌されます。むしろ、タンパク質摂取による分泌が主のようです。

タンパク質を食べると、消化管内でアミノ酸まで分解されて体内に吸収されます。そして、アミノ酸が血中に入ってくると、インスリンが分泌され細胞にアミノ酸が取り込まれます。体内では、タンパク質の合成と分解が日々行われていますから、インスリンはアミノ酸からタンパク質を合成するために必要なホルモンなんですね。

胎児ではインスリンは血糖値制御を担当していない

インスリンは血糖値も下げるホルモンですが、どうやらインスリンに強力な血糖降下作用が見られるのは哺乳類だけのようです。

魚類にいたっては、タンパク質摂取で強力なインスリン分泌誘導効果が認められるのにグルコース(糖質)を投与してもインスリン濃度の上昇はわずかです。したがって、魚類にグルコースを投与すると高血糖状態が長時間持続します。人間なら糖尿病と診断されるでしょうね。

鳥類だと、インスリンより、血糖値を上昇させるグルカゴンの分泌の方が多くなっています。鳥類では血糖値を上げる機能の方が強いようです。もちろん、鳥類でも、グルコースの投与でインスリンは分泌されますし、インスリンの投与で血糖値の低下が認められるので、インスリンが血糖降下作用を持っています。しかし、哺乳類との比較では、その機能は弱いそうです。

哺乳類は、グルコースに強力なインスリン分泌誘導効果があるとともにアミノ酸にもインスリン分泌誘導効果があります。しかし、ラットでの実験ではありますが、哺乳類の胎児にグルコースを投与してもインスリン分泌は認められません。ところが、グルコースにアルギニンとロイシンの2種類のアミノ酸を加えて投与すると強いインスリン分泌が認められます。ここから、インスリン分泌は、グルコースよりもアミノ酸による誘導がより原始的だと考えられます。

したがって、哺乳類の胎児では、インスリンは血糖を下げるためではなく、アミノ酸を細胞に取り込む作用が主だと想像できます。

産科医の宗田哲男先生の著書「ケトン体が人類を救う」で、臍帯血を調べたらケトン体濃度が著しく高かったと述べられていることから、人間の胎児でも、母体からのグルコースの供給が限定的かないかのどちらかと想像できるので、インスリンは血糖降下作用を持っていないのかもしれません。そうすると、哺乳類の胎児は、グルコースではなく脂肪酸やケトン体を主たるエネルギー源にしていると考えられそうです。

インスリンは血糖値制御のために分泌されていない

「成長・成熟・性決定-継-」では、インスリンの作用について以下のように整理されています。

①哺乳類においてインスリンは血糖値制御のキーホルモンである.②胎児では,インスリンは血糖値制御を担っていない.③鳥類では、血糖値調節においてインスリンよりもグルカゴンが優勢である.④爬虫類ではインスリンはアミノ酸とグルコースの代謝に関係する.⑤魚類ではインスリンは血糖値制御において重要ではない.⑥アミノ酸代謝におけるインスリンの重要性は哺乳類,哺乳類胎児,鳥類,魚類で示されているが、血糖値制御における重要性は哺乳類においてのみ示されている.(34~35ページ)

このことから、「インスリン=血糖値制御ホルモン」は、進化の視点から見れば、脊椎動物の生理的性質として派生的で、アミノ酸代謝制御がインスリンの原子的かつ基本的機能の一つと考えられるとまとめられています。

しかも、哺乳類の場合、胎児だけでなく乳児でも、インスリンが血糖値制御ホルモンとして働いていないそうですから、インスリンが血糖を下げる働きをするのは後天的に獲得した機能なのではないでしょうか。

糖質制限とインスリン抵抗性

糖尿病かどうかを調べる検査にブドウ糖負荷試験があります。75グラムのブドウ糖を摂取した後、血糖値がどのように動くのかを調べて、糖尿病かどうかを診断します。高血糖が長時間持続していれば、糖尿病と診断されます。

糖尿病でない人が、ブドウ糖負荷試験を受けた場合も、高血糖が長時間持続して糖尿病と診断される場合があります。食事で摂取する糖質量を少なくする糖質制限をしていると、このように診断されることがあります。

この場合、インスリン分泌が保たれてるので、糖尿病ではありません。でも、インスリンが分泌されているのに血糖が処理されないインスリン抵抗性が惹き起こされているので、血糖値は高くなります。

一般的にインスリン抵抗性は、太っていると惹き起こされると言われています。糖質ばかりを食べていると、インスリンが糖質を中性脂肪に変えて脂肪組織に蓄えていきます。しかし、これ以上脂肪組織に中性脂肪を蓄えられないほど太ってしまうと、どんなにインスリンが分泌されても、血糖を脂肪組織に取り込めません。そのため、インスリン分泌が保たれていても高血糖が持続します。それでも、すい臓のβ細胞は、血糖値を下げるためにインスリンを分泌し続けるため、いずれ疲弊し、やがて死んでしまいます。このβ細胞が死んでインスリン分泌不全になるのが、本物の糖尿病です。

では、糖質制限をしている人のインスリン抵抗性はどういうことなのでしょうか?

糖質制限をしていれば、インスリンが追加分泌されないので、血糖が中性脂肪に変わって脂肪組織に蓄えられることは、普通は考えられません。だから、脂肪組織に蓄えられない以上に中性脂肪が蓄積することは考えられませんし、肥満を原因とするインスリン抵抗性が惹き起こされることも考えられません。それなのに糖質制限をしていると、インスリン抵抗性が惹き起こされるのは、哺乳類の胎児や乳児と同様の状態になっているのではないかと思うんですよね。

糖質制限をしていれば、外からグルコースを補給できないので、必要なグルコースは自前で賄わなければなりません。このグルコースの自家生産機構が、糖新生です。

グルコースの外部供給が絶たれた状態では、糖新生で作り出したグルコースは、それを絶対的に必要としている赤血球などに優先的に供給する必要があります。そのため、グルコースだけでなく脂肪酸やケトン体もエネルギー利用できる他の組織にグルコースを回す余裕はないでしょう。つまり、糖質制限で惹き起こされるインスリン抵抗性は、グルコースを必要としている組織に優先的に供給するための仕組みであって、これこそが本来の哺乳類の姿ではないでしょうか。

このように考えると、肥満と糖質制限のインスリン抵抗性には、以下のような違いがあると思います。

  • 肥満によるインスリン抵抗性は、恒常性(ホメオスタシス)の破綻
  • 糖質制限によるインスリン抵抗性は、恒常性(ホメオスタシス)の維持

哺乳類だけが、それも胎児や乳児以外で、糖質摂取でインスリンの追加分泌が起こることが、そもそも異常な状態なのかもしれませんね。

参考文献