数年前に「グルカゴンの反乱」という言葉が注目されたのをご存じの方もいらっしゃるでしょう。
グルカゴンは、すい臓のα細胞から分泌されるホルモンで血糖値を上げる作用があります。これが糖尿病の原因だとするのが、グルカゴンの反乱で、そういう書籍も販売されていました。
でも、今となっては、グルカゴンの反乱という言葉を聞かなくなりましたね。
インスリンもグルカゴンも分泌できなくしたら糖尿病にならなかった
グルカゴンの反対に血糖値を下げるホルモンがインスリンで、すい臓のβ細胞から分泌されます。もしも、インスリンが分泌されなくなると血糖値が下がらなくなり、高血糖の状態が持続します。これが糖尿病です。
ところが、マウスを使った実験で、α細胞とβ細胞を破壊してグルカゴンもインスリンも分泌されない状態にしたら、なぜか糖尿病になりませんでした。
インスリンが分泌されないと、いったん上がった血糖値は下がらないはず。だから、普通に考えるとβ細胞を破壊されたマウスは、糖尿病になるに違いないと思われていました。でも、結果は否。
そこで、マウスにα細胞だけを復活させグルカゴンが分泌できる状態にしたところ糖尿病を発症。ここから、糖尿病の原因は、インスリンの不足ではなく、グルカゴンの過剰じゃないかと言われるようになったんですね。
グルカゴン様ペプチドが注目される
こういう経緯からなのか知りませんが、最近、グルカゴン様ペプチド(GLP-1)が注目を集めるようになっています。GLP-1は、小腸から分泌され、インスリンの分泌を促進するとともにグルカゴンの分泌を抑制する働きがあります。
そうすると、GLP-1がどんどん分泌される状況を作れば、高血糖にならず、糖尿病の予防にもなるはず。
その視点から、GLP-1受容体作動薬という糖尿病の薬もできたわけですが、GLP-1をたくさん分泌させることがダイエットの効果を高めるとも言われるようになりました。
GLP-1は、食欲を抑えるとか血糖値の乱高下を抑えるとか、そういう効果も認められ、過食や中性脂肪の蓄積を抑えることが期待されています。
だから、どんどんGLP-1を分泌させれば、太らない体になるに違いないということで、食物繊維をたくさん食べることが推奨されています。食物繊維は、腸内細菌のエサとなります。腸内細菌は短鎖脂肪酸を作り出し、これがGLP-1を活性化させ、太りにくくなるという原理です。
糖質制限をするとグルカゴンの分泌は増えるけど太らないよね
とまあ、グルカゴンの分泌が糖尿病や肥満の原因になるように言われ、それをいかにして抑制するかが糖尿病予防や肥満予防のカギだと考えられているわけですが、グルカゴンを分泌しまくっていても糖尿病にも肥満にもなっていない人たちがいますよね。
そう、糖質制限をしている人たちです。
糖質制限をしていると、外部からの血糖値を上げるブドウ糖の供給量が減るため、自前でブドウ糖を作り出さなければなりません。これを糖新生といい、グルカゴンがその一端を担っています。
血糖値が上がるとインスリンが分泌されて血糖値を下げるわけですが、それと同時にグルカゴンの分泌を抑えます。反対に血糖値が下がるとインスリン分泌は抑えられ、グルカゴンの分泌が促進されます。
頻回に糖質(ブドウ糖)を摂取しているとインスリン分泌量が増え、グルカゴン分泌量が減ります。そのような食生活を続けていると太りやすく糖尿病にもなりやすくなります。つまり、グルカゴン分泌が少ない方が肥満にも糖尿病にもなりやすく、マウスの実験とは真逆の傾向にあるわけですね。
以前の記事にも書きましたが、血糖コントロールは、α細胞から分泌されるグルカゴン、β細胞から分泌されるインスリン、δ細胞から分泌されるソマトスタチンが三位一体で行っており、どれかが欠けるとおかしな状態になってしまいます。マウスの実験では、α細胞やβ細胞を破壊しており、この三位一体の血糖コントロールを破綻させているから、通常では起こらない血糖値の動きが見られたのではないでしょうか。
「グルカゴンの反乱」という言葉を聞かなくなったのは、「α細胞とβ細胞が同時に壊れることって現実世界では起きないよね」ということに気が付いたからかもしれません。
また、インスリンがグルカゴンの分泌を抑制するのですから、β細胞を破壊したら、グルカゴンが分泌され続け血糖値が上がるのは当たり前じゃないかと思うのですが。
