肉食が人間の脳を発達させたんだよ

脳のエネルギー源はブドウ糖だから、炭水化物(糖質)をしっかり摂らないと脳が働けなくなる。

聞き飽きた言葉ですね。

しかし、これは間違いです。なぜなら、人間は自らブドウ糖を作り出す糖新生という機能が備わっており、また、脂肪酸から合成されるケトン体も脳はエネルギー利用できるからです。したがって、糖質を摂取してもしなくても、脳は働くので、糖質を積極的に摂取する理由はありません。

それよりも、人間の脳は肉食で発達したのですから、炭水化物よりも肉類や卵を優先して食べるべきだと思うんですよね。

植物食は低栄養食

炭水化物は、多くの場合、植物に含まれています。もしも、炭水化物を多く摂取した方が脳の働きが良くなるのなら、植物食こそが脳の発達に優れていなければなりません。

ところが、かつて植物食に特化したパラントロプスという猿人は、低栄養な食事のせいで滅びてしまいました。これについては以下の過去記事で紹介していますから、ご覧になってください。

パラントロプスは、頑丈型猿人と呼ばれています。現生人類よりも大きな顎と歯を持っており、食べ物を噛み砕く能力が高かったようです。

「そんなに顎と歯が強ければ、生存競争に有利だっただろう」と思うのですが、そうではなかったのです。パラントロプスの咀嚼力は、硬い植物を食べることに適していましたが、そもそも、植物が人類にとって低栄養だったため、脳が発達しなかったようです。理学博士の溝口優司先生の著書「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」の以下の文章を読むと、植物食が低栄養食であることがわかります。

食物に対するこの適応は、この時点では成功し、パラントロプスは160万年もの間、棲息し続けます。ただし、パラントロプスの生活は、その頑丈な顎を使って一日中何かを食べている、というものだったはずです。栄養価の低い食物から必要なエネルギーを得るには、ほとんどの時間を食べることに費やさざるを得ないからです。(30~31ページ)

硬い植物の茎や根にかぶりつくには、頑丈な歯と顎が必要だったはずです。パラントロプスは、そのために顎を発達させ、咀嚼力を高めたのでしょう。しかし、それでも、1日の大部分を食事に費やさなければならないという生活は変わらなかったみたいです。そのため、その他の創作活動ができず、脳が発達せずに滅びたのです。

脳の進化より肉食が先

「現代人の脳が発達したのは肉食が理由だ」ということは、人類進化のどの本にも書いてあることなので通説なのでしょう。

例えば、科学ジャーナリストの河合信和さんの著書「ヒトの進化 七〇〇万年史」では以下のように述べられています。

我々現代人につながるホモ属は、これまでに述べてきたアウストラロピテクス属から分岐し、頑丈型猿人と重なる形で今から二五〇万年前頃の東アフリカに登場した。彼らは、人類史上初めて石器を製作した。それは、肉食の開始時期とも重なる。石器製作と肉食開始は、脳の拡大とも深く関連していただろう。(143ページ)

「石器の製作と肉食の開始時期が重なるからと言っても、石器の製作の方が早かったかもしれないだろう」

と思うかもしれませんが、同書の次の文章を読めば、肉食が先だとわかります。

脳の拡大は、新たな食料獲得戦略、すなわち肉食の採用の結果であって、前提ではなかった。その新食料獲得戦略には、石器製作という大きなブレークスルーが伴った。(152~153ページ)

さらに「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」にも、栄養価の高い肉を食べるようになったことで時間的余裕ができ、食べること以外に脳を使うようになって脳が発達したということが述べられています。

これらの内容から、人類は肉食を覚えたことで脳を発達させることができたと考えられるわけですね。

脳の発達段階では飢餓は考えにくい

人類の歴史は、常に飢餓との戦いだった。

これも、よく耳にする言葉です。

しかし、人類が常に飢えていたというのも、ちょっと怪しいです。確かに江戸時代のように農業が発達していた時代でも、天候不順で飢饉になることはありました。そして、現代の日本では飢餓に苦しむ人はほとんどいませんから、現代と江戸時代を比較すると、江戸時代の方が食べる物に困っていたと考えてしまいますし、それよりも昔は、もっとひもじい生活をしていたと想像してしまいます。

ましてや原始時代となると、人類は農業もやっていなかったのですから、安定的に食料を確保できなかったに違いないと思うのは当たり前です。

でも、人類が肉食で脳を進化させたのは、栄養価の高い肉を食べることで、時間的余裕ができたからでしたよね。それなら、肉食を開始した時代に人類が飢餓で苦しんでいたと考えることには無理がありませんか?

もしも、肉食を開始した時代が、食料が不足する慢性的な飢餓状態であったのなら、その時代の人々は捕食活動に多くの時間を割かなければならなかったはずです。それだと、肉食で時間的余裕ができ、その他の活動に脳を使うようになったから、脳が発達したという通説が成り立たなくなります。

したがって、人類が脳を発達させていた段階では、食べ物が豊富にあったと考えるのが素直だと思います。

肉食に進化したから歯が小さくなった

人間が肉食に進化したのなら、犬歯がサーベルタイガーのような牙に発達していないとおかしい。

そういう反論も聞こえてきそうです。

しかし、人類は肉食に進化したからこそ、歯が小さくなったのです。

人間は、動物のように歯を獲物を捕らえるために使いませんし、外敵から身を守るためにも使いません。それは、人間が道具を使って獲物を捕獲するようになり、道具を使って身を守るようになったからです。

つまり、人類は無駄に歯を大きくするのではなく、道具を使うことで歯を小さくする方向に進化したのです。

「必要最小限の材料を使って、最大限の効果が得られるように形作られる」という適応戦略をルーの法則といいますが、人類も道具を使うようになって歯の役割が減ったので、歯が小さくなっていきました。だから、人類の場合は肉食が歯を小さくさせたと言えるんですね。

歯の形が、その生物の食性を決めると聞いたことがあるかもしれませんが、道具を使うようになった人類には、その理屈は必ずしも当てはまりません。

人間の脳は、ブドウ糖をエネルギー利用しますが、炭水化物の大量摂取で脳が発達したのではないです。もしも、現代人の祖先が植物食に特化し、炭水化物ばかりを食べていたら、現代人の顎はパラントロプスと同じくらい大きく、今の3倍くらいに発達していたかもしれません。

現代人の顎の小ささは、肉食で進化してきた証なんですね。

参考文献