人間は、脂質、糖質、タンパク質から生命活動に必要なエネルギーを得ています。これらは三大栄養素と言われていますが、共通するのはエネルギー源になるということですね。
タンパク質は体作りにも必要な栄養素ですから、エネルギー利用して消費してしまうのは避けたいところ。なので、エネルギー利用するのは脂質と糖質の方が良さそうです。
人間は、体内に脂質(中性脂肪)を糖質(ブドウ糖)よりも多く貯め込んでいます。したがって、人間は貯蔵量が少ないブドウ糖よりも貯蔵量が多い中性脂肪を主たるエネルギー源としていると考えるのが妥当でしょう。
脂肪酸は細胞膜を自由に通過できる
中性脂肪は、体に貯めている量が多いだけでなく、その使いやすさからも主たるエネルギー源だと言えそうです。
中性脂肪は分解されるとグリセロールと脂肪酸になります。このうち脂肪酸は、ミトコンドリアでβ酸化されてアセチルCoA(コーエー)となり、大量のアデノシン三リン酸(ATP)を産生しエネルギー利用されます。また、グリセロールは肝臓での糖新生によりグルコース(ブドウ糖)になります。
中性脂肪の分解産物である脂肪酸は、ブドウ糖よりも多くのエネルギーを生み出せるので、この点からも脂質、特に脂肪酸が主要エネルギー源だと考えられます。
ただ、どんなに作り出せるエネルギー量が多くても、使い勝手が悪ければ主要エネルギー源とは言えないでしょう。でも、この点でも、脂肪酸はブドウ糖よりもエネルギー利用しやすく優れているのです。
なぜなら、ブドウ糖は細胞膜を自由に通過できませんが、脂肪酸は細胞膜を自由に通過できるからです。
ブドウ糖が細胞膜を通過するためには、グルコーストランスポーターが必要です。例えば、筋肉にブドウ糖を取り込ませるためには、インスリンが分泌されて、GLUT4と呼ばれるグルコーストランスポーターに指令が与えられなければなりません。指令を受けたGLUT4は、細胞膜にトンネルを作り、そこからブドウ糖を細胞質の中に導きます。
脂肪酸だと、このような手間は必要ありません。なので、手間がかからないという点でも、脂肪酸の方がブドウ糖よりも優れたエネルギー源だと言えそうです。
ブドウ糖はエネルギー需要の変動に応える
このように考えると、ブドウ糖は必要なさそうですが、赤血球はブドウ糖しかエネルギー利用できないのでそういうわけにはいきません。
では、赤血球以外の細胞はどうでしょうか?
脂肪酸は細胞膜を自由に通過できますから、ブドウ糖なしでも問題なさそうです。
しかし、人間の細胞は、常に一定量のエネルギーを必要としているわけではありません。運動時には多くのエネルギーが必要でしょうし、その他、何らかの理由でエネルギー不足に陥っている細胞がある場合には、その細胞に優先的にエネルギーを供給しなければならないでしょう。
最近、動物育種繁殖学を専門とされている酒井仙吉先生の「哺乳類誕生 乳の獲得と進化の謎」という本を読みました。全体的な内容は、哺乳類がミルクで子供を育てるようになるまでの進化の過程を説明したものです。この本の中で、脳がブドウ糖をエネルギー利用する理由が解説されていて、とても興味深かったので該当箇所を以下に引用します。
血液脳関門を設けたことにも理由がある。脳が高度化したことでブドウ糖の消費が多くなり一見すると不利に思われるが、それを上回る利点があった。もしイオン化する物質であれば、神経細胞間でやりとりする電気信号(脳波)を乱すおそれがあるがイオン化しないブドウ糖をつかうことで複雑な情報処理が可能になっている。網膜は光信号(画像)を電気信号に変えて脳に情報を送っているし、大脳においては活動部位が刻々と変わっている。ブドウ糖の需要が変動してもブドウ糖輸送体で調節できる利点は大きい。これが脂肪酸であると細胞膜を自由に通過することで取り込みの調節ができず、特定の細胞が大量のエネルギーを求めても応じられないのだ。(134ページ)
脂肪酸は血液脳関門を通れないから脳はエネルギー利用できないと言われていますが、脂肪酸から作られたケトン体は血液脳関門を通れますから、ブドウ糖が脳の唯一のエネルギー源ではありません。
上記の引用した文章には、「ブドウ糖の需要が変動してもブドウ糖輸送体で調節できる」との記述があります。上記の文章を読んでしばらく考えてみると、ブドウ糖輸送体(グルコーストランスポーター)が存在するのは、特定の細胞にブドウ糖を送り届けたいからであり、常にブドウ糖をエネルギー利用するためではないように思えます。
つまり、通常の生命活動では細胞膜を自由に通過できる脂肪酸が主要エネルギー源として使われており、ブドウ糖は脂肪酸ではまかなえないほど多くのエネルギー需要が発生した場合に利用されるのではないでしょうか。
エネルギー需要が多くなっている細胞では、グルコーストランスポーターが細胞膜にトンネルを作って、他の細胞よりも優先的にブドウ糖を取り込めるように調節しているのだと思います。
このように考えると、人間が活動するのに通常必要なエネルギー源は脂肪酸であり、緊急時にはブドウ糖も使ってエネルギー需要に応えていると言えそうです。