21世紀になって、炭水化物(糖質)が多く含まれている食物を食べると太りやすいという情報を多くの人が知るようになりました。ダイエットのために糖質制限をする人も増えてますから、「糖質は太る」という知識が徐々に定着しつつあるように思います。
糖質を多く含む米、パン、麺類を食べると太ると言われ出したのは、糖質制限の認知度が上がってきたからだと思っていましたが、どうやら戦後から高度経済成長期にかけて、すでに米は太ると言われていたようです。
白米偏重からの是正
戦後の貧しい時代には、さすがに食べるものが不足していましたから、どんなものでも口の中に入れていたでしょう。栄養がどうのこうのなんて二の次で、とにかく空腹を何とかすることが重要だったはずです。
でも、終戦から10年もすれば日本の農業も戦前の水準まで回復し、米を思う存分食べられるようになっていました。
最近、「コメを選んだ日本の歴史」という本を読みました。著者は大学教授の原田信男先生で、日本の米の歴史を古代から現代まで順を追って解説されています。同書の中で、戦後の白米偏重の是正についての記述があったので紹介します。
農業にも大きな変化が訪れ、古代以来、開発・発展の一路を歩んできた水田稲作は、大きな打撃を受けることになる。とくに昭和三五(一九六〇)年は、コメにとって、マイナスの意味での画期的な年となった。
すでに同二七(一九五二)年に、栄養改善法が施行され、国民栄養調査が行われるなど、栄養への関心は高まっていたが、この年から栄養改善運動が起こり、白米偏重の是正が叫ばれるようになった。
(中略)
食文化の変容と深くかかわるが、白米は肥満を招くなどといった偏見が幅をきかせた。このため昭和三七(一九六二)年に、コメ消費量は戦後最高を記録し、一人一日当たり三二四グラムのピークに達したが、以後年々減少に向かい、同四五(一九七〇)年には、同じく二六一グラム強と低下していく。(222~223ページ)
興味深いのは、「白米は肥満を招くなどといった偏見が幅をきかせた」という部分です。
どういった理由で白米が太ると言われるようになったのかはわかりませんが、高度経済成長期頃には日本人でも白米が肥満の原因になると知っていた人がいたということですね。
また、この時期に栄養改善運動が起こって白米偏重の是正が叫ばれたということも、すでに米はあまり栄養がないことがわかっていたのかもしれません。白米ばかり食べているとビタミンB1が不足して脚気になることは有名な話で、日本でも過去には国民病と呼ばれるほど脚気が流行しましたからね。
糖質を食べるとビタミンB1を消費しやすくなる
白米を食べると脚気になりやすいというのは、白米を食べてもビタミンB1の必要量を摂取できないことが理由とされています。でも、この説明は不十分です。
白米に多く含まれる糖質を体内でエネルギー利用する場合、細胞質内の解糖系でいったんピルビン酸に加工する必要がありますが、この時にビタミンB1が使われます。そして、ミトコンドリアで大量のエネルギーを生み出すためにピルビン酸からアセチルCoA(コーエー)を作る際にもビタミンB1が消費されます。さらにミトコンドリアでのエネルギー産生時にもビタミンB1は必要です。
つまり、白米を食べることは、ビタミンB1の摂取量を減らすとともにビタミンB1の消費量を増やすことになるので、余計にビタミンB1不足となるのです。そして、深刻な場合には脚気を発症します。
江戸時代より前から日本人は脚気になっていた
日清戦争や日露戦争では、多くの日本兵が亡くなりましたが、戦死よりも脚気で命を落とした兵士の方が多かったと言われています。これは兵士たちが白米ばかりを食べてビタミンB1不足になったことが理由とされています。
また、江戸時代には諸国大名が参勤交代で江戸に滞在すると、家臣達が「江戸わずらい」という病気になりました。この江戸わずらいは脚気のことで、国にいる時は玄米や雑穀を食べていたけども江戸の町では白米を食べていたからビタミンB1不足になったのです。
精米技術が発達したのは江戸時代だったので、白米をよく食べ出した江戸時代以降に日本人は脚気をわずらうようになったと言われていますが、それ以前の時代にも日本人は脚気になっていました。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、多くの日本の兵士が脚気で亡くなったことが、伊達政宗の書状に記載されています。
惣別、当国にて腫気わずらい候者、十人に九人はあい果つる事に候
腫気とは現在の脚気のことで、戦地では脚気を発症した兵士のうち9割が亡くなっていたということです。
日本から朝鮮への食料輸送がうまくいかずに兵士の栄養状態が悪くなったのが、ビタミンB1不測の原因です。でも、この時から脚気をわずらう日本人がいたことが史料に記載されているのですから、おそらく、それ以前から脚気にかかる日本人は多かったのかもしれません。
ビタミンB1欠乏症の症状
ビタミンB1が不足すると重症だと脚気になりますが、そこまで行かなくても、肥満、慢性疲労、肩こり、食欲不振、倦怠感といった症状が出ます。
慢性疲労なんて現代人によく見られる症状ですし、肩こりや何となくだるいといった倦怠感も、経験したことがある人は多いでしょう。また、肥満もビタミンB1不足が原因となるのですから、脂質の少ない食事をしていても炭水化物(糖質)中心の食事をしていると太りやすくなるのは当然ですね。
現代人の体調不良の原因はいろいろとあるでしょうが、その中にはビタミンB1の摂取不足と過剰な消費もあるのでしょう。
中性脂肪の分解産物である脂肪酸なら、エネルギー利用する際にアセチルCoAの合成まではビタミンB1を消費しません。その代りビタミンB2を消費しますが、脂質が多く含まれている食品、例えば、肉類や卵にはビタミンB2も多く含まれている傾向にありますから、動物性食品中心の食生活であれば、まずビタミンB2が不足することはないでしょう。
高度経済成長期の「白米は太る」という噂は、糖質の過剰摂取がビタミンB1不足をもたらし、それが肥満に結びつくという点から考察すると、まちがっていたとは言えませんね。