絶食期間が長くなるとタンパク質が分解されにくくなる

生物の細胞はタンパク質でできています。だから、普段の食事でタンパク質をしっかりと摂取しておかないと、元気な細胞を作れなくなることは容易に想像できます。

人間の細胞も、もちろんタンパク質でできています。体重が60kgほどの人なら、1日に200グラムのタンパク質が分解され、そのうち60グラムが捨てられ、140グラムがタンパク質の再合成に回るとされています。

したがって、現在の体を維持しようと思ったら、毎日捨てられるタンパク質と同量以上のタンパク質の摂取が必要と考えられます。60kgの人なら、毎日60グラムのタンパク質が捨てられるので60グラム以上はタンパク質を摂取しなければならない計算ですね。

オートファジーでタンパク質を分解する

ところで、体の中でタンパク質の分解は、どのようにして行われているのでしょうか?

細胞には、自分を食べるオートファジーという機能があり、このオートファジーによってタンパク質が分解されます。

また、オートファジーは、細胞内のゴミも掃除してくれます。体を構成するタンパク質は生ものですから、使っているうちに悪くなっていきます。細胞内にゴミが溜まれば、細胞は本来の働きをしにくくなるでしょうから、オートファジーによって常に掃除しておく必要があるのでしょう。

オートファジーについては、大隈良典先生がノーベル賞を受賞したので、その名くらいは聞いたことがあると思います。

でも、オートファジーはまだわからないことも多く、一般人がその内容を詳しく知るのは難しい状況です。オートファジーに関する一般向けの書籍は、大隈先生の下でオートファジーの研究をされている水島昇先生の「細胞が自分を食べる オートファジーの謎」くらいしかないですね。

同書を読んでいると、オートファジーは飢餓状態で活性化されることがわかりました。

一時的飢餓や軽度の絶食では、オートファジーが亢進し細胞内がきれいになるようです。

また、完全な絶食でなくても、普通の食事の60%までカロリーを抑えた食事をしても、オートファジーが誘導されることが線虫やマウスの実験でわかっているそうです。

さらにカロリー制限をしなくても、インスリンの信号伝達系に欠陥がある変異体は普通に餌を食べていても長生きするのだとか。

ここで注目したいのは、インスリンとオートファジーの関係ですね。

インスリンはオートファジーの抑制因子

インスリンは、糖質やタンパク質を摂取すると、すい臓のβ細胞から分泌されるホルモンです。

インスリンが分泌されると、骨格筋や脂肪組織に糖質(ブドウ糖)が取り込まれますし、アミノ酸(タンパク質)も細胞に取り込まれてタンパク質合成が促進されます。タンパク質を分解するオートファジーとタンパク質合成を促進するインスリン分泌は、真逆の働きをすることがわかります。

だから、インスリンはオートファジーの制御因子ではないかと考えられています。

インスリンは、糖質を摂取した時にとくに多く分泌されます。そのため、糖質摂取でインスリンを大量に分泌すると、オートファジーが働きにくくなり、タンパク質の分解が抑制されると考えられます。

タンパク質の分解を抑えることは良いことだと思うでしょうが、オートファジーが働きにくくなると、細胞内のゴミ処理が滞りますし、古くなったタンパク質がいつまでも体の中に残り続けることにもなるはずです。

女性の方だと、お肌の健康に気を付けている方が多いと思います。皮膚の細胞は28日周期で入れ替わると言われていますよね。そして、老化すると、この周期が遅くなり、お肌を若々しく保てないと聞いたことがあると思います。

オートファジーが抑制されると、タンパク質でできている皮膚も分解されにくくなり、皮膚の生まれ変わる周期(ターンオーバー)が遅れるのではないでしょうか。そう考えると、インスリンを大量分泌させる糖質を多く摂取する行為は、若々しいお肌を保つためには避けなければならない行為だとわかります。

皮膚のターンオーバーを正常に保とうと思うなら、タンパク質の分解と合成の回転を速めた方が良いはずです。過食もオートファジーを抑制すると考えられていますが、インスリンの方がオートファジーの主な制御因子と考えられているそうですから、美容やアンチエイジングの観点からは糖質制限が好ましいと言えそうです。

絶食はどうか?

それなら食事をしない絶食は、インスリンを分泌しないし、過食とも関係ないので、最もオートファジーを活性化させるのに有利な方法ではないでしょうか?

確かに前掲書でも、1日や2日の飢餓であればオートファジーが活性化すると述べられています。

しかし、絶食が数日続くと、タンパク質が分解されにくくなるそうです。これはつまり、絶食期間が長くなると、タンパク質の代謝がストップし、飢餓に備える態勢に入るということです。

絶食がさらに続いて脂肪の蓄えも尽きてしまうと、ふたたびタンパク質が急速に分解され始め、それはまさに死に直結する。つまりオートファジーが重要なのはおそらく最初の数日間であろうと推測される。その時期は、グリコーゲンや脂肪の利用によるエネルギー調達も問題なく行われているので、タンパク質分解の役割はおそらく単なるエネルギー調達というより、アミノ酸にしかできないこと、すなわち飢餓適応に必要なタンパク質を合成することにあるのであろう。(103ページ)

最後の「飢餓適応に必要なタンパク質を合成することにあるのであろう」という部分が重要だと思います。

絶食を開始して間もない時期は、オートファジーが活発に行われますが、それはタンパク質の分解と合成の回転を速めるものではなく、タンパク質に関わる代謝を止めるためのオートファジーなのでしょう。

そうすると、絶食はお肌のターンオーバーを遅らせる原因となり、美容面では好ましくないことに思えます。また、タンパク質の入れ替えも行われなくなれば、劣化したタンパク質が体に残ることにもなるはずです。そして、劣化したタンパク質の量が増えれば増えるほど、老けて見えるようになるので、若々しい体を保ちたいと思っている方には絶食は不利に働くとも考えられます。

オートファジーが活性化し、タンパク質の分解と合成が活発に行われているのであれば、目にも止まらぬ速さで細胞の入れ替えが進みそうです。分子生物学者の福岡伸一先生は、細胞の入れ替えが常に行われながら全体を維持していることを動的平衡と呼んでいます。生物は、この動的平衡を保ちながら生き続けています。

オートファジーが抑制された状態は、タンパク質の分解と合成が行われていない状態ですから、静的平衡と言えます。ビルの壁を見ればわかるように長期間風雨にさらされたり、紫外線を浴び続けていると、変色やひび割れを起こします。静的平衡とは、こういうことですね。

ビルの劣化を防ぐためには、定期的なメンテナンスを行い、頻繁に壁を塗り替える必要があります。メンテナンスと壁の塗り替えの頻度を多くするほど静的平衡は動的平衡へと近づきます。ビルをきれいな状態に保つこともまた動的平衡と言えますね。

オートファジーを活性化させるためには、食事制限や糖質制限が有効と考えられます。だからと言って、絶食をすると今度はオートファジーが抑制されます。

食事と食事の間隔は、どれくらいが好ましいのかわかりません。1日1食がオートファジーを活性化するのか抑制するのかもわかりません。3日以上の絶食は、飢餓状態に備えたオートファジーが開始しそうですね。

とりあえず、病気などで食欲がない場合以外は、絶食はやめた方が良いと思います。

参考文献