中性脂肪を糖新生に使えることを知らない医師がいる?

人間には、肝臓や腎臓でグルコース(ブドウ糖)を作り出せる糖新生という機能が備わっています。

作り出せると言っても、無の状態からグルコースを合成できるわけではなく、原材料として主にタンパク質中性脂肪乳酸が必要となります。特にタンパク質を分解したアミノ酸が、糖新生の原材料として利用されやすいです。

ある時、インターネットで検索していると、プロフィールに医師と書かれた匿名ブログに中性脂肪(脂質)を糖新生に使えないと書いてありました。この記述は誤りです。

グリセロールは糖新生の材料になる

中性脂肪(トリアシルグリセロール/トリグリセリド)は、1個のグリセロールと3個の脂肪酸からなる物質です。体に体脂肪として貯蔵されている中性脂肪は、エネルギー利用される時にグリセロールと脂肪酸に分解されます。

このうち脂肪酸は糖新生の原材料として使えません

でも、グリセロールは糖新生の原材料として使うことができます。もしかすると、件の医師は中性脂肪と脂肪酸を混同していたのかもしれません。

他にヤフー知恵袋でも、糖新生の質問に対して、グリセロールが糖新生に使えないと回答している人がいました。知り合いの女医に聞いたら脂肪からグルコースは合成できないと教えられたそうです。

脂肪という言葉が曖昧ですよね。脂肪を脂肪酸の意味で使っているのなら糖新生の原材料にならないという主張は正しいです。しかし、脂肪を中性脂肪や脂質の意味で使っているのなら、その主張は間違いとなります。

中性脂肪の分解産物であるグリセロールは、ジヒドロキシアセトンリン酸を経て、グリセルアルデヒド3-リン酸とともにフルクトース1,6-ビスリン酸となり、フルクトース6-リン酸→グルコース6-リン酸と変化し、最終的にグルコースにたどり着きます。

だから、中性脂肪は糖新生の原材料となり得るわけですね。

糖新生と解糖系は上り列車と下り列車に似ている

以下は、糖新生と解糖系の仕組みを簡単に図示したものです。

上の図の赤矢印の流れが糖新生です。一方、緑の矢印は解糖系の流れです。

糖新生と解糖系

タンパク質の分解産物である20種類のアミノ酸の内、ロイシンとリジン以外の糖原性アミノ酸はピルビン酸やTCA回路(クエン酸回路)に合流して、糖新生の流れを進みます。

無酸素運動など激しい運動で生じた乳酸は、コリ回路を通って肝臓に行き、ピルビン酸に変換されて糖新生の流れに乗ります。

グリセロールは、先ほど解説したようにジヒドロキシアセトンリン酸を経由して糖新生の流れに入ります。

上の図を見るとわかりますが、糖新生の流れをグルコースから逆行したのが解糖系です。解糖系は、グルコースからピルビン酸を合成する流れです。ピルビン酸はミトコンドリアに送られてアセチルCoA(コーエー)に酸化された後、オキサロ酢酸とくっついてクエン酸となりTCA回路に入って、エネルギー(ATP)を生み出します。

まるで、糖新生は大阪から東京への上り列車で、解糖系は東京から大阪への下り列車のようですね。

グリセロールが糖新生に使えることは基本的な知識

グリセロールが糖新生に使えることは、栄養学や生化学の入門レベルの本に書かれている内容です。

例えば、川島由起子先生監修の「カラー図解 栄養学の基本がわかる事典」では、以下のように解説されています。

乳酸やピルビン酸、グリセロールやアミノ酸などの糖質以外の物質からグルコースが生成される経路を糖新生といい、肝臓腎臓で行われます。(80ページ)

大平万里先生の「『代謝』がわかれば身体がわかる」にも、グリセロールが糖新生に使われることが記述されています。

アミノ酸以外でも、中性脂肪の分解によって生じたグリセロールジヒドロキシアセトンリン酸へ、乳酸ピルビン酸へ合流し、グルコース合成の方向へ遡上する(299ページ)

他に水島昇先生の「細胞が自分を食べるオートファジーの謎」にも、同じような記述があります。

私たちは飢餓時にはグルコースを作ることを前提とした生き物なのである。その材料は、乳酸、グリセロール、アミノ酸などである。(102ページ)

どれも、初学者や一般向けに書かれた書籍です。

お医者さんが、このような基本的なことを知らないとは考えられないので、グリセロールを糖新生に使えないと発言している人は、おそらくお医者さんではないと思います。

脂肪が糖新生に使えないと書いている場合は、脂肪酸と書き間違えた可能性がありますが、ヤフー知恵袋ではグリセロールが糖新生に使えないと明言しているので致命的な誤りです。

脂質や中性脂肪が糖新生に使えないと言っている場合も間違っています。中性脂肪の分解産物がグリセロールですし、脂質は中性脂肪やコレステロールなど油脂全般を指す言葉として使われていますから、その中にグリセロールが含まれていることは明らかです。

基本的な内容を勉強するなら、インターネットよりも書籍の方が確実です。

基礎知識がない状況で、インターネットで調べものをすると、そこに書かれている内容が正しいのかどうかを判断するのが困難です。インターネットで検索する前に入門レベルの本から勉強した方が良いですよ。

参考文献