糖質制限をすると筋肉が分解されてアミノ酸が糖新生に使われるのか?

米、小麦、砂糖、果物、根菜など炭水化物(糖質)の摂取量を減らす糖質制限をすると、様々な体調不良を起こすと警鐘を鳴らす人がたくさんいます。

例えば、糖質を摂取しないと低血糖になって倒れてしまうといった糖質制限批判があります。しかし、人体には、タンパク質や中性脂肪からブドウ糖を作り出す糖新生という仕組みが備わっているので、究極の飢餓状態でなければ低血糖で倒れることはありません。

体内でブドウ糖を作り出せる事実が世の中に広まると、今度は、「糖質制限をすると、筋肉が分解されてアミノ酸が糖新生に使われるので、筋肉がやせ細ってしまう」と言い始めました。

これって本当なの?

タンパク質はアミノ酸の集合体

筋肉は、タンパク質の塊です。

そして、タンパク質は、たくさんのアミノ酸の集合体です。

ブドウ糖は、肝臓や腎臓でアミノ酸を材料に合成されることから、タンパク質の分解産物であるアミノ酸が糖新生の材料になるという理屈は正しいです。だからと言って、筋肉が分解されてアミノ酸となり、そのアミノ酸が糖新生の材料になると考えるのは早とちりです。

肉や卵などの動物性食品には、多くのタンパク質が含まれています。これら食品を食べると、タンパク質は消化管でアミノ酸まで分解されて体内に吸収されます。そして、体内に吸収されたアミノ酸は、身体を構成するタンパク質の合成に使われます。また、アミノ酸は、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれるエネルギーを作り出すための材料ともなります。さらにアミノ酸は、脂肪酸やブドウ糖を合成するための材料ともなり得ます。

代謝ナビゲーションという本にこの辺りについて簡潔に記述されています。

アミノ酸の炭素骨格はTCA回路の中間体に変換することができ、それらは酸化的リン酸化を介したATPの生成、または脂肪酸合成および糖新生のための前駆体を提供するために使用することができる(134ページ)

TCA回路はクエン酸回路とも呼ばれ、細胞内にあるミトコンドリアがATP合成に必要な中間体を作るための一連の化学反応です。そして、酸化的リン酸化は、ミトコンドリアがTCA回路の反応で得た電子伝達体から酸素を使ってエネルギーを取り出し、ATPを合成する活動のことです。

ATP合成の主要な材料となるのは、脂肪酸とブドウ糖ですが、アミノ酸もATP合成の材料となり得ます。

アミノ酸はどれくらいエネルギー利用されるか

では、人体は、アミノ酸から、どの程度のATPを得ているのでしょうか?

これについても、代謝ナビゲーションに記載があります。

通常アミノ酸は、ATP生成の10~15%を占める。しかし高タンパク質食下もしくは筋肉のタンパク質が分解されている飢餓状態では大部分のATPがアミノ酸から生成される。(134ページ)

通常は、アミノ酸からのエネルギー調達は10~15%でしかありません。現代栄養学では、総摂取カロリーの13~20%をタンパク質から摂取することが推奨されていますが、上記の数値とほぼ同じくらいなので、エネルギー利用されたタンパク質を補うという視点では、妥当なタンパク質摂取量と言えそうです。

上の引用した文章で興味深いのは、高タンパク質下では、大部分のATPがアミノ酸から作られるという点です。タンパク質の摂取量が過剰になれば、その分はエネルギー利用されるわけですね。また、飢餓状態では、筋肉のタンパク質を分解してアミノ酸をエネルギー利用しますが、この場合も、大部分のATPがアミノ酸から作られます。

したがって、タンパク質から多くのエネルギーが作られるのは、高タンパク質食下もしくは飢餓状態の時ということです。

アミノ酸が糖新生に使われる条件

高タンパク質食の場合と飢餓状態の場合にアミノ酸は、多くのATP合成の材料になることがわかりました。

ところで、筋肉のタンパク質を分解してアミノ酸からブドウ糖を作るという理屈はどうなるのでしょうか?

アミノ酸からの糖新生についても、代謝ナビゲーションで簡潔に述べられています。

逆に細胞が十分なATPをもっている場合、過剰な遊離アミノ酸はグルコースや脂肪酸を生成することのできるTCA回路の中間体に変換することができる。(134ページ)

遊離アミノ酸は、血中を流れているアミノ酸や細胞内に蓄えられているアミノ酸のことです。

糖新生の材料となるのは、この遊離アミノ酸です。そして、遊離アミノ酸が糖新生の材料として使われるのは、細胞のエネルギーが十分に満たされていて、なおかつ遊離アミノ酸が過剰に存在している場合です。

筋肉のタンパク質が糖新生の材料になるという理屈とは違いますよね。

エネルギーが十分にある状況下、すなわち、脂肪酸やブドウ糖からATPを作り出す余裕がある状況では、筋肉のタンパク質が分解されてブドウ糖になるということは考えられません。糖質制限をしてブドウ糖の摂取量が減っても、脂質やタンパク質の摂取量が多ければ、細胞のエネルギーが不足することはないのですから、筋肉のタンパク質が分解されることはないでしょう。

また、糖質制限食は高タンパク質食になりやすいので、アミノ酸からのATP合成量が多くなると考えられますが、そのアミノ酸は飢餓状態で筋肉のタンパク質を分解して作り出したものとは異なります。

糖新生に利用されるアミノ酸は、過剰な遊離アミノ酸です。

飢餓状態に陥れば、筋肉のタンパク質を分解してアミノ酸を作り、そのアミノ酸をATP合成や糖新生に使わなければなりませんが、それは糖質制限とは別の問題で、単に食事量が少なすぎるだけです。

パーソナルトレーナーのような筋トレの専門家の方たちが糖質制限をすると筋肉が減ると、よく言っていますが、生化学的におかしな理屈ですし、現実的にも糖質制限をして筋肉は減っていません

運動に関する理論は、生理学や生化学の理論とのすり合わせができていないのでしょうね。

参考文献