糖質、タンパク質、脂質は、現代栄養学で三大栄養素と呼ばれています。
三大栄養素と言うからには、この3つの栄養素が人体にとって最も重要な栄養素だと、なんらかの研究の結果でわかったのだろうと思っていたのですが、そうではないようです。実は、もっと単純な理由から、糖質、タンパク質、脂質は三大栄養素と呼ばれるようになったのです。
三大栄養素を明らかにしたのはドイツのリービッヒ
糖質、タンパク質、脂質が三大栄養素とされたのは、19世紀半ばです。
そして、三大栄養素を明らかにしたのは、ドイツのリービッヒでした。これについては、帝京大学医学部の名誉教授である杉晴夫先生の著書「栄養学を拓いた巨人たち」で紹介されていますので、該当箇所を引用します。
リービッヒはやがて教授に昇進し、類い稀な政治力を発揮してギーセン大学に大研究室を建設した。そして従来の科学の授業が理論に偏っていたのを改め、もっぱら科学分析法の応用や改良をおこなう教育計画を創案して、学生をトレーニングした。(中略)これにより、生化学の分析及び合成技術は大いに進歩し、その結果、食物の主成分はタンパク質、糖質、脂質であることが明らかにされたのである。(58ページ)
この文章は、私にとって衝撃的でした。
三大栄養素が、タンパク質、糖質、脂質であることが明らかにされたのはリービッヒの研究からです。でも、この文章を読むと、彼は人体を構成する成分から三大栄養素を導き出したのではないですよね。
「食物の主成分はタンパク質、糖質、脂質であることが明らかにされた」という部分を読めば分かるように、リービッヒは、当時のドイツで食べられていた食物の中にタンパク質、糖質、脂質がたくさん含まれていることを明らかにして、三大栄養素と名付けたということでしょう。
つまり、三大栄養素は、人間にとって最も重要な3つの栄養素という意味で命名されたのではないということです。
糖新生は19世紀にわかっていた
「栄養学を拓いた巨人たち」では、他にも栄養学について興味深いことがいくつも紹介されています。
人間は、糖質を摂取しなくても体内でブドウ糖(グルコース)を作り出せます。それをイヌを使った実験で明らかにしたのが、クロード・ベルナールです。ベルナールはフランス人で、活躍した年代はリービッヒとほぼ同じです。
ベルナールは、体内での糖質代謝を解明した偉人です。彼がいなければ、糖質がどのようにしてアデノシン三リン酸(ATP)というエネルギーを生み出すのかを解明できなかったかもしれません。
ベルナールは、ショ糖からブドウ糖ができることを発見します。そして、ショ糖をイヌの静脈に注射したところ尿として排泄されました。でも、ブドウ糖を注射しても尿中には排泄されず、体内で利用されていることがわかりました。
また彼は、餌を与えず飢餓状態にしたイヌの血液中にブドウ糖が現れるのを見出した。次いで、栄養素を消化管から肝臓へと運ぶ門脈中に、大量のブドウ糖が存在することを発見した。そして肝臓からも、動物の食物の種類にかかわらず、大量のブドウ糖が見つかった。さらには、動物体から分離した肝臓が、ブドウ糖をつくりだすことも発見した。こうして、肝臓が体内における糖質の代謝反応の中心的存在であることの、最初の手がかりが得られたのである。(68ページ)
このイヌの実験からわかることは、イヌは糖質を摂取しなくても自力でブドウ糖を作り出せるということです。そして、この機能は人間にも備わっていて、糖新生と呼ばれています。すわなち、人間は糖質を摂取しなくても問題ないということが、すでに19世紀のベルナールの実験から推測できていたのです。
体内の脂質は糖質摂取で作られる
ダイエットをされている方は、日々の食事の中で脂質をできるだけ控えるようにしてると思います。その理由は、脂質を食べると体に脂肪がついて太るから。おそらく、多くの方が、そう思っているはずです。
でも、これが誤りであることも、19世紀のフランスでデュマとプサンゴーの実験でわかっています。
彼らはまず、脂質を含む雑多な飼料で飼育したブタを解剖して組織を分析した。次いで脂質を含まない植物性飼料で飼育したブタの組織を分析した。しかし、その結果は彼らの期待を完全に裏切るものだった。脂質を含まない植物性飼料で飼育したブタのほうが、組織の脂肪は多かったのである。
この結果は明らかに、脂質は体内で、植物に由来する糖質からつくられることを証明した。(61ページ)
そうです。お腹周りや内臓につく脂肪は、糖質(炭水化物)を摂取することが理由だったのです。この事実が、2世紀も前に確認されていたのに現在でも脂質の摂取が太るという迷信を多くの人々が信じています。
その後、デュマとプサンゴーは、当初の脂質が燃焼してエネルギー源になるという仮説が実験で誤りだったとわかったことに落胆し、栄養学の研究をやめたそうです。
食の洋風化とは高炭水化物食に替えること
現代日本では、食の洋風化が各種の生活習慣病の原因だと言われています。そして、食の洋風化とは、肉中心の食事をすることとされています。
西洋風の食生活は健康に良くないから、日本人はしっかりと米を食べて脂質を減らさないとダメだと医師や栄養士の方々が警告をしていますが、実は、低脂質・高糖質(高炭水化物)食こそが、西洋風の食生活なのです。
冒頭でも登場したドイツのリービッヒの研究員だったフォイトは、ベッテンコーファーとともに栄養学の知識を食生活の改善に生かそうと取り組みます。そして、三大栄養素の摂取バランスを提唱しました。
たとえば体重70kgで中程度の労働に従事する成人男子は、毎日タンパク質105g、脂質56g、糖質500gを摂取すべきで、これにより3000kcalのエネルギーが得られるとした。またデスクワークに従事する者は毎日2400kcalでよいとした。彼らが提唱したこのエネルギー所要量は、多くの国で採用された。(75~76ページ)
フォイトらの提唱した三大栄養素のカロリーと割合を計算してみると以下のようになります。
- タンパク質=420kcal(14.4%)
- 脂質=504kcal(17.2%)
- 糖質=2,000kcal(68.4%)
- 合計=2,924kcal(100%)
糖質を摂取カロリーの3分の2の割合にした食事は、高度成長期の日本の食生活と同じです。それ以前の日本では摂取カロリーの7割以上を糖質から補給していました。
上のカロリー比を見れば、高糖質食こそが西洋風の食事であり、日本も同じような食事をしていたのです。西洋だろうが東洋だろうが、高糖質食を続けてきたことが肥満の原因でしょう。
「栄養学を拓いた巨人たち」を読んで、栄養学に関する興味深い発見がたくさんありました。今まで疑問に思っていたことの多くが、一気に解決しましたね。
筋トレをしている人、トレーナーの方、ダイエットの専門家の方にこそ読んで欲しいです。
もちろん、糖質制限をしている方にも読んで欲しいですし、内容を広く世間に紹介してもらいたいですね。
なお、「栄養学を拓いた巨人たち」については以下の記事も参考にしてください。