アミノ酸(タンパク質)やブドウ糖を細胞に取り込ませるためにすい臓のβ細胞から分泌されるのが、インスリンと呼ばれるホルモンです。
インスリンは、細胞がアミノ酸やブドウ糖を取り込むために重要なホルモンですから分泌量が減ると困ります。インスリンの分泌量が減ると血液中のブドウ糖(血糖)が溢れかえった状態になります。このような高血糖状態が続くのが糖尿病ですね。高血糖状態の持続は、インスリンの分泌量が減るだけでなく、細胞が血糖の取り込みを拒否するインスリン抵抗性が高くなった場合にも起こります。
インスリン分泌能の低下もインスリン抵抗性も、高血糖という結果をもたらしますが、両者は別々に考えなければならないと思うんですよね。今回は、インスリン抵抗性について興味深いことがわかったので紹介します。
肥満するとインスリン抵抗性が高まる
インスリン抵抗性が高まる原因には肥満があります。
インスリンは、血糖を中性脂肪に変えて脂肪組織に蓄える働きをします。しかし、太っている人は脂肪組織がいっぱいいっぱいになっているので、血糖を取り込みにくくなります。このように細胞が血糖の取り込みを拒否している状態がインスリン抵抗性です。
別の言い方をすると、インスリンの効きが悪くなっている状態です。
インスリン抵抗性が原因で血糖値が高くなっているのなら、肥満を解消して脂肪組織の空き容量を増やせば血糖値を下げられそうです。実際に糖尿病と診断された方は、お医者さんから肥満解消を指導されます。そして、その指導に従ってダイエットをし、脂肪組織の空き容量を増やしてあげれば血糖値に改善が見られます。
このようにインスリン抵抗性は、飽食による肥満が原因で惹き起こされると考えられます。
肥満以外のインスリン抵抗性
しかし、インスリン抵抗性は、肥満だけが原因で起こるのではありません。
日本比較内分泌学会「ホルモンから見た生命現象と進化シリーズ」編集委員会が刊行する「回遊・渡り―巡―」では、冬眠中のクマがインスリン抵抗性を示すことが記述されています。該当部分を以下に引用します。
堅果類(とくにドングリ)および液果類の成分として糖(炭水化物)が多く含まれていることに着目して,ツキノワグマにおいて冬眠前時期から冬眠期にかけての糖および脂肪代謝についての研究が進められてきた.その結果,主に肝臓での糖の取り込み(インスリン感受性)が冬眠前時期(11月上旬)に増大していた.一方,冬眠に入るとインスリン抵抗性を示し,糖の取り込みが低下した.また,冬眠前期には肝臓および脂肪組織での脂肪合成に関わる酵素の発現が増大したのに対して,冬眠期には脂肪分解に関わる酵素の発現が増大することも明らかになっている.(154ページ)
この文章を読むと、クマは冬眠前に冬を越すために必要な脂肪を体に蓄えるため、インスリン感受性を高めて肥満しやすくしていると考えられます。そして、冬眠に入ると、今度は脂肪を蓄積する状態から脂肪を消費する状態に入って春を待っているようです。
ここで興味深いのは、クマは冬眠中にインスリン抵抗性を示すことです。先ほど、インスリン抵抗性は肥満が原因で惹き起こされると述べました。冬眠中のクマは食事をしませんから、少しずつ痩せていき肥満が解消されます。それなのにインスリン抵抗性が高まるのです。
すなわち、肥満するとインスリン抵抗性が高まるのではなく、痩せていくとインスリン抵抗性が高まるのです。
このことは、肥満だけがインスリン抵抗性を高める原因ではないことを示しています。
糖質制限でインスリン抵抗性が高まる
クマは冬眠中は絶食状態です。タンパク質も脂質も外から入ってきません、もちろん糖質もです。
ということは、クマは、冬眠中に断食や糖質制限を実践していると言えます。
糖尿病かどうかを確かめる方法に75グラムのブドウ糖を負荷する試験があります。空腹時からブドウ糖負荷後120分までの血糖値の推移を調べて糖尿病かどうかを判断するのがブドウ糖負荷試験です。
糖質制限をしていると、糖尿病ではなくても、ブドウ糖負荷試験を受けると糖尿病のような血糖値の上がり方をします。そのため、ブドウ糖負荷試験を受ける3日以上前から1日に150グラム以上の糖質を摂取することが推奨されています。糖尿病治療に糖質制限食を導入している江部康二先生のブログの以下の記事にも、そのことが記されています。
上の記事で江部先生は、糖質制限中にブドウ糖負荷試験を受けて血糖値が上がる原因を以下のように考えていらっしゃいます。
私見ですが、これは、追加分泌インスリンを出す必要がほとんどない糖質制限食を続けていた場合には、糖質摂取に対して、β細胞が準備ができていない状態であった可能性があります。
糖質制限を続けていれば、ドカーンとインスリンを分泌させることはありませんから、急なブドウ糖摂取にβ細胞が着いていけてないだけということですね。
でも、クマの冬眠から推測すると、糖質制限中の人がブドウ糖負荷試験を受けて血糖値が上がるのはインスリン抵抗性が理由ではないかと思うのです。江部先生のブログの以下の記事で、糖質制限を実践していた人がブドウ糖負荷試験を受けた結果が掲載されています。
この記事では、ブドウ糖負荷後60分のインスリン分泌が79.5と高い値を示しています。つまり、インスリン分泌は十分に保たれているのです。それなのに60分後の血糖値は265と極めて高いのですから、これはインスリンの効きが悪くなっている状態、すなわち、インスリン抵抗性が高まっている状態と考えられます。
インスリン抵抗性は悪いことか?
冬眠中のクマや糖質制限中の人が、インスリン抵抗性が高まることから、インスリン抵抗性は必ずしも悪いことではないように思います。
クマは、冬眠前に体にたくさんの脂肪を蓄えるためにインスリン感受性を高めます。そして、冬眠中は脂肪分解に関わる酵素の発現が増大することから、中性脂肪の分解産物である脂肪酸のエネルギー利用が高まっていると考えられます。
もしも、冬眠中にインスリン感受性が高まり、脂肪合成に関わる酵素の発現が増大すると、クマは寝ている間にエネルギー不足となって活動を停止してしまうでしょう。冬眠中にそうならないためには、蓄えた脂肪をエネルギー利用する状態に切り替えなければなりません。冬眠中にインスリン抵抗性が高まるのは、中性脂肪の分解を促進して脂肪酸のエネルギー利用を高めるためではないでしょうか?
このように考えると、インスリン抵抗性は、肥満を原因とする場合と脂肪酸のエネルギー利用を促進する場合の2種類があると思います。
本来、肥満していくときはインスリン感受性が高まるのですが、ある程度まで太ると脂肪組織が血糖の取り込みを拒否するインスリン抵抗性を示すようになります。この場合のインスリン抵抗性は脂肪酸のエネルギー利用を促進するために惹き起こされているのではなく、脂肪組織が飽和状態になっているから惹き起こされているのです。つまり、肥満によるインスリン抵抗性は恒常性(ホメオスタシス)を維持できなくなったために惹き起こされているのだと思います。
一方の中性脂肪を分解し脂肪酸をエネルギー利用している状態でインスリン抵抗性が高まるのは、脂肪酸の効率的なエネルギー利用を促進するためだと思います。
肥満によるインスリン抵抗性がある場合は空腹時に高血糖となりますが、糖質制限中にインスリン抵抗性が高まっても空腹時の血糖値は正常範囲に落ち着いています。
したがって、体に良くないインスリン抵抗性は肥満から惹き起こされるものであり、糖質制限中のインスリン抵抗性はクマの冬眠中のインスリン抵抗性と同じように当たり前の生理的作用なのではないでしょうか?