糖質制限でケトアシドーシスになるのなら筋トレでも乳酸アシドーシスになるよ

人間の体液は、pHが7.35~7.45の弱アルカリ性に保たれています。pHが7.35よりも低くなり体液が酸性に傾くとアシドーシスという状態になり、吐き気、嘔吐、疲労感といった症状が発生します。

糖質制限をすると、肝臓でケトン体がたくさん作られます。ケトン体は酸性の物質なので、血液中のケトン体濃度が濃くなると体液が酸性に傾いてアシドーシスを引き起こすと言われています。だから、糖質制限は危険な食事法だと警告を発している人もいます。

糖質制限ではケトアシドーシスにならない

ケトン体が原因とされているケトアシドーシスは、糖質制限をしても起こりません。

ケトアシドーシスを発症するのは、糖尿病の方で、すい臓の機能が衰えてインスリン分泌不全になっている場合です。

インスリンは、血糖(ブドウ糖)を筋肉や脂肪組織に取り込ませる働きをします。そして、血糖を取り込んだ筋肉は、それをエネルギー利用します。

しかし、すい臓が弱ってインスリンが分泌されなくなると、筋肉は血糖を取り込めずエネルギーを作り出せません。そのため、ブドウ糖に代わる別のエネルギー源が必要になります。それがケトン体です。

ケトン体は、肝臓でアセチルCoA(コーエー)から作られます。アセチルCoAは、ミトコンドリアがエネルギーを作るために必要とする主原料で、糖質、脂質、タンパク質から作られます。でも、アセチルCoAを利用できるのは、アセチルCoAを作った細胞だけなので、エネルギー不足となっている他の細胞に渡すことはできません。

ところが、肝臓は他の組織の細胞にアセチルCoAを渡すことができるのです。肝臓は、アセチルCoAをケトン体に変換して血中に放り込みます。血中に放り込まれたケトン体は、血流に乗って様々な組織に運ばれて、再びアセチルCoAに戻り、細胞内にあるミトコンドリアでエネルギー産生の主原料として消費されます。

ケトン体がたくさん作られても、肝臓以外の組織に運ばれてエネルギー利用されていれば体液が酸性に傾くことはありません。したがって、糖質制限をしてたくさんのケトン体が作られても、速やかにエネルギー利用されている限り、ケトアシドーシスにはならないのです。

糖尿病性ケトアシドーシスの原因

では、糖尿病の方が、なぜケトアシドーシスを発症するのでしょうか?

ケトアシドーシスは代謝性アシドーシスの一種です。代謝性アシドーシスは、腎機能の低下で酸を尿中に排泄できなくなった場合、下痢でアルカリ性の腸液が過剰に失われた場合、糖尿病でケトン体が過剰に産生された場合にpHが酸性に傾いて起こります。

ケトアシドーシスが代謝性アシドーシスである以上、体に何らかの代謝異常があるから発症すると考えられます。

糖尿病は、インスリンの分泌量が減って血糖をうまく処理できなくなっている代謝異常です。だから、糖尿病の方は、肝臓でケトン体がたくさん作られて血中に放り込まれても、それをうまく処理できずに体液が酸性に傾いてしまいアシドーシスを起こすのです。

それゆえ、ケトン体がケトアシドーシスの原因だと言われているんですね。

でも、ここでケトン体が悪いんだと結論付けてはいけません。真に問題なのは、糖尿病でインスリンの分泌量が減っていること、それにより高血糖の状態が続いていることなのです。

糖尿病の方が高血糖になると、自力で血糖値を下げれませんから薬や外部からのインスリンの投与に頼らなければなりません。血糖値が高くなっても、うまく薬やインスリンの投与で血糖コントロールできていれば、不都合な症状が出るのを抑えれます。しかし、適時に薬やインスリンの投与ができなかった場合には、筋肉が血糖を取り込めずエネルギー不足に陥ってしまいます。

エネルギー不足に陥った筋肉には、肝臓で作ったケトン体を血中に放り込んで届けなければなりません。しかし、ケトン体が血中に蓄積して、うまく筋肉に届けられず、体液が酸性に傾いてケトアシドーシスを引き起こすことがあります。この場合、インスリンを投与すると症状が良くなります。

インスリンは血糖を筋肉や脂肪組織に取り込ませる働きをすることから考えると、インスリンの投与でケトアシドーシスの症状が改善するのは、血糖値が下がったからでしょう。そして、インスリンを投与した後に低血糖になっていないのなら、インスリン投与前は高血糖の状態にあったはずです。

すなわち、ケトアシドーシスの発症は、肝臓でケトン体がたくさん作られることではなく、インスリンの分泌量が少ない糖尿病の方が高血糖を起こしたことが原因だと考えられるのです。

要は、流れているか流れていないかということでしょう。ケトン体が血液の中をスムーズに流れて各組織で速やかにエネルギー利用されていればアシドーシスにはなりません。ケトン体の流れを悪くしているのが高血糖だとすれば、インスリンの分泌量が減っている糖尿病の方が、食事で糖質を摂取していることがケトアシドーシスの根本的な理由でしょう。糖質制限は全然悪くないんじゃないですか?

乳酸だって体液を酸性に傾ける

筋トレや短距離走のような無酸素運動をした後、筋肉に乳酸が貯まります。乳酸が貯まると筋肉が疲れるなんて言われていますね。

乳酸が貯まるのは、筋肉がグリコーゲンとして貯蔵した糖質をエネルギー利用しているからです。糖質は、細胞内の解糖系でエネルギーが取り出されます。その過程で糖質はピルビン酸になるのですが、全力疾走や高強度の筋トレのように筋肉への酸素の供給が遅れる運動をすると、ピルビン酸は乳酸に変化します。

酸素が供給されている状態、つまり、有酸素運動の場合にはピルビン酸はミトコンドリアに運ばれます。そして、ミトコンドリアはピルビン酸から作られたアセチルCoAから酸素を使ってエネルギーを取り出します。

酸素供給が少ない状況で運動を続けていると、ミトコンドリアでのエネルギー産生が行われにくくなりますから、筋肉に乳酸が貯まります。貯まった乳酸は、血中に放り込まれて肝臓へと流れていきます。そして、肝臓は乳酸を原料にしてブドウ糖を作り出します。これを糖新生と言います。

肝臓で作られたブドウ糖は、再び血中に放り込まれてその他の組織に運ばれます。筋肉に運ばれれば、ブドウ糖はグリコーゲンとして貯蔵されます。

さて、ケトン体が酸性だからアシドーシスの原因となると言うのなら、乳酸だって酸性ですからアシドーシスの原因となるはずです。しかし、筋トレをしたからと言ってもアシドーシスにはなりません。

乳酸アシドーシスになるのは、やはり、ケトアシドーシスと同じように糖尿病の方でインスリン分泌不全に陥っている場合です。他にも、組織の低酸素状態から嫌気的解糖が進行し乳酸が過剰に産生される場合、重症肝不全の場合も乳酸アシドーシスを発症します。

いずれの場合にしても、呼吸を止めているとか、すい臓や肝臓が弱っているといった特殊な状況でなければ、乳酸アシドーシスは起こりません。筋トレをして乳酸が作られたからと言ってアシドーシスになるわけではないんですね。

呼吸性アシドーシスもあるぞ

代謝性アシドーシスの他にも、呼吸性アシドーシスという症状もあります。

呼吸性アシドーシスは、肺炎などの呼吸器疾患の影響で二酸化炭素が排出されず、血中の二酸化炭素濃度が上昇して血液のpHが低下する病気です。

人間は、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しています。酸素を吸うのは、ミトコンドリアでアセチルCoAからエネルギーを生み出すために酸素が必要だからです。そして、ミトコンドリアでエネルギーが作られる過程で、二酸化炭素と水が発生します。だから、人間は酸素を吸ったら二酸化炭素を吐き出すようになっているんですね。

しつこいようですが、ケトン体が体内で作られることがアシドーシスの原因と言うのなら、ミトコンドリアがエネルギー産生の過程で酸素を利用して二酸化炭素を作り出すのだから、二酸化炭素もアシドーシスの原因にならなければなりません。そして、二酸化炭素がアシドーシスの原因であれば、人間は酸素を吸ってはいけません。

「アシドーシスになるから酸素を吸うな」

こんなこと言っても、誰も耳を傾けませんよね。

呼吸性アシドーシスになるのは、二酸化炭素が体内で作られるからではありません。二酸化炭素が肺を通って鼻や口から外に出なくなるような病気になることが原因です。

ケトン体は安全だと証明されている

それでも、糖質制限をするとケトン体がたくさん作られて危険だと言い続けている人はいます。

そういう人には、医師の山田悟先生の下の論文を教えてあげましょう。

全文を読めるのは医療従事者だけです。検索エンジンで、タイトルを打ち込めば論文の内容を解説しているサイトやブログが出てきますから、一般の人はそちらを見てください。私も、別のブログの解説を読みましたが、オリジナルをリンクしておきます。

SGLT2阻害薬は、尿細管からの糖質の再吸収を邪魔する糖尿病用の薬です。簡単に言うと、糖質制限をしているのと同じ状態を作り出せる薬です。

論文では、SGLT2阻害薬を使ってもケトアシドーシスにはならなかったことが報告されています。それどころか、ケトン体は臓器保護効果や死亡率低下の効果もあるのではないかとする仮説を米国糖尿病学会が提示しているそうです。

ケトン体は、悪者どころか有益じゃないですか。

山田先生の上の論文はランダム化比較試験(RCT)と呼ばれているもので、信頼性が極めて高いです。このような信頼性の高い論文が出ても、糖質制限をするとケトン体がたくさん作られて危険だと言い続ける人はいます。

不思議ですね。

なお、この記事を書くために以下のウェブサイトを参考にしています。

参考文献