解糖系でのエネルギー産生は高い場所から大きな石を落とす感じ

人間は、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれるエネルギーを体内で作って活動をしています。

歩いたり、走ったりする時にATPが必要になるのはもちろんのこと、心臓などの臓器が働く際にもATPが必要になります。

人間の体の中には、解糖系とミトコンドリアの2つの発電所があり、主にこの2ヶ所でATP産生が行われています。今回は、解糖系でのATP産生がどのように行われているのかを見ていきましょう。

解糖系は石を落してATPを作っているようなもの

解糖系は、ATP産生の原材料にグルコース(ブドウ糖)を使います。

解糖系でのATP産生は、大きな石を地面に落とす力を利用して杭を打ち込む仕事に似ています。

地面に杭を打ち込む場合、ハンマーを使って杭の頭を叩くと思います。ハンマーで杭の頭を叩くたびにとがった杭の先が地面に沈んでいきます。

解糖系は、原始的な発電所なのでハンマーを持っていません。そのため、その辺に転がっている大きな石を持ちあげて、杭の頭に落花させる力を利用して地面に杭を打ち込んでいきます。

高い場所から物を落とすと、エネルギーが放出されます。この放出されたエネルギーを解糖系では、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)と呼ばれる電子伝達体とATPに保存します。

エネルギー投資段階

大きな石を自分の頭の高さまで持ち上げて落とせばエネルギーが放出されます。もっと多くのエネルギーを放出させようと思えば、大きな石を高い場所まで持って行ってから落とす方が効果的です。

例えば、大きな石を持って石段を5段上ってから谷底に落とせば、より大きなエネルギーを得ることができますよね。

解糖系も、これと同じことが行われており、グルコースを持って石段を5つ上がります。

しかし、グルコースを持って石段を上がろうと思うと、エネルギーを消費します。解糖系では、1段目から2段目に上がる時に1分子のATP、3段目から4段目に上がる時に1分子のATPを消費し、最終的に5段目に到達します。

したがって、5段目まで上がった時には2分子のATPを消費することになります。解糖系はエネルギーを作り出す発電所ですが、エネルギーを作るためには、まず2分子のATPを投資しなければならないのです。

エネルギー獲得段階

石段を5段上がった先は、断崖絶壁。

見下ろせば深い谷。

ここからグルコースを谷底に落とせば、エネルギーが放出されます。

でも、辛い思いをして石段を上って来たのにグルコースをそのまま落とすのは気が引けます。そこで、グルコースを2つに割ってグリセルアルデヒド3-リン酸にします。

まずは、様子見で1つのグリセルアルデヒド3-リン酸を谷底に落とします。

すると、ピューッと一直線にグリセルアルデヒド3-リン酸が落ちていき、谷底からはグリセルアルデヒド3-リン酸がコロコロコロコロと4回転がる音が聞こえてきました。

グリセルアルデヒド3-リン酸が落下中に放出したエネルギーは、NADの還元型である「NADH+H⁺」に保存され、谷底に落下した後の1回目と4回目の転がりの際に発生したエネルギーは、それぞれATPに保存されます。

そして、転がり終えたグリセルアルデヒド3-リン酸は、ピルビン酸に形を変化させます。

1つ目のグリセルアルデヒド3-リン酸が転がり終えるのを見届けたら、もう1つのグリセルアルデヒド3-リン酸も谷底に落とします。この時に得られる物も1つ目の落下の時と同じで、1分子のNADH+H⁺、2分子のATP、1分子のピルビン酸です。

解糖系で正味2分子のATPを獲得

ここまでの説明を図にすると以下のようになります。

解糖系のイメージ

エネルギー投資段階では、2分子のエネルギーを消費し、エネルギー獲得段階ではグリセルアルデヒド3-リン酸を2回落とすので、合計4分子(2分子×2回)のATPが作られます。したがって、獲得した4分子のATPから投資した2分子のATPを差引くと、解糖系では正味2分子のATP獲得となります。

上の図の「5」から「6」の過程で、「NAD⁺」から「NADH+H⁺」に変化しています。NAD⁺はNADの酸化型で、グリセルアルデヒド3-リン酸を谷底に落とす時にエネルギー(電子)を受け取ってNADの還元型であるNADH+H⁺になります。

何言ってるのか理解できないという方は、空のバッテリーがNAD⁺で、充電後のバッテリーがNADH+H⁺と考えるとわかりやすいかと思います。

総括すると、グルコースからスタートする解糖系は、ゴールで以下の産生物を得られます。

  • 正味2分子のATP
  • 2分子のNADH+H⁺
  • 2分子のピルビン酸

解糖系で得られるATPは実質ゼロ

解糖系の後は、2分子のNADH+H⁺と2分子のピルビン酸がミトコンドリアに送られ、さらに多くのATPが合成されます。

ただし、ピルビン酸はミトコンドリアの中にすんなりと入れますが、NADH+H⁺は無条件ではミトコンドリアの中に入れません。

NADH+H⁺がミトコンドリア膜を通過するためには、シャトルという特別な輸送経路を通る必要があります。鍵がかかった特殊なドアと考えれば良いでしょう。

NADH+H⁺が開けなければならないドアは、グリセロールリン酸シャトルで、このドアの鍵を入手するためには1分子のATPを支払わなければなりません。解糖系では、2分子のNADH+H⁺が作られたので、2分子のNADH+H⁺をミトコンドリアに送り込むためには、2分子のATPを消費します。

解糖系では正味2分子のATPが作られましたから、これをグリセロールリン酸シャトルの通行料として支払えば、2分子のNADH+H⁺がミトコンドリア内に入れます。

このようにNADH+H⁺がミトコンドリアに入るまでを考慮すると、解糖系で得られるATPは実質的にゼロです。

ただし、心臓と肝臓では主にリンゴ酸-アスパラギン酸シャトルを使ってNADH+H⁺がミトコンドリアの中に入りますが、このドアは鍵がかかっていないのでATPは消費されません。

難しく解糖系を説明する

ここまでで解糖系の説明は終わりです。

わかりやすくするためにかなり省略して説明しましたが、難しく解糖系を説明すると以下のようになります。興味がない方は、ここから先は読む必要はありません。

解糖系は、全部で10段階の反応を経てグルコースから2分子のピルビン酸が合成されます。

第1段階

第1段階では、グルコースにATPのリン酸基が付けられ、グルコース6-リン酸になります。

リン酸基をくっつけることをリン酸化と呼び、第1段階では酵素ヘキソキナーゼが働いてリン酸化が促進されます。

第2段階

酵素ホスホヘキソースイソメラーゼが働き、グルコースの六員環をフルクトースの五員環に異性化し、グルコース6-リン酸はフルクトース6-リン酸となります。

第3段階

酵素ホスホフルクトキナーゼが働き、フルクトース6-リン酸に再びATPのリン酸基が付加され、フルクトース1,6ビスリン酸となります。

第4段階

酵素アルドラーゼの働きで、六炭糖のフルクトース環が開裂し、フルクトース1,6ビスリン酸は、三炭糖のジヒドロキシアセトンリン酸と三炭糖のグリセルアルデヒド3-リン酸に分裂します。

第5段階

酵素イソメラーゼが働き、ジヒドロキシアセトンリン酸もグリセルアルデヒド3-リン酸に変換されます。この段階で、2分子のグリセルアルデヒド3-リン酸が残ります。

第6段階

酵素グリセルアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼの働きで、2分子のグリセルアルデヒド3-リン酸がリン酸基を転移され、酸化されて2分子のNADH+H⁺と2分子の1,3-ビスホスホグリセリン酸ができます。

第7段階

酵素ホスホグリセリン酸キナーゼが働き、2分子の1,3-ビスホスホグリセリン酸がリン酸基をアデノシン二リン酸(ADP)に転移し、2分子のATPと2分子の3-ホスホグリセリン酸が作られます。

第8段階

酵素ホスホグリセリン酸ムターゼが働き、2分子の3-ホスホグリセリン酸が2分子の2-ホスホグリセリン酸になります。

第9段階

酵素エノラーゼが働き、2分子の2-ホスホグリセリン酸が水分子を失い、2分子のホスホエノールピルビン酸になります。

第10段階

酵素ピルビン酸キナーゼが働き、2分子のホスホエノールピルビン酸のリン酸基がADPに転移し、2分子のATPと2分子のピルビン酸が合成されます。

まとめ

解糖系では、1分子のグルコースから、正味2分子のATP、2分子のNADH+H⁺、2分子のピルビン酸が作られます。

解糖系を理解するのは難しいですが、簡単に言うと、グルコースから2分子のピルビン酸を合成する過程で、ATPとNADH+H⁺も2分子できるということですね。

なお、解糖系では酸素は使われません。人間が酸素を吸うのは生きていくためのエネルギーを作るためですから、酸素を必要としない解糖系は、人間が生きていくための主要な発電所ではありません。酸素を使ってエネルギーを生み出すのはミトコンドリアですから、ミトコンドリアこそが人間にとって重要な発電所です。

参考文献