運動前には、しっかりと食事をしないと力を発揮できません。
という話を聴いたことがあるのではないでしょうか?
運動前の食事とは、つまりエネルギー補給をしなければならないということなのでしょう。確かに空腹で運動をすると、エネルギー不足で本来の力を出せないような気がします。だから、エネルギーとして使われる糖質くらいは、おにぎりやパンなどで補給しておくべきじゃないかと。
でも、この理屈って本当なのでしょうか?
インターバルトレーニングを経験した人はわかっている
学生時代に陸上部、野球部、サッカー部、ラグビー部などの運動系の部活をやっていた人は、インターバルトレーニングを経験したことがあると思います。
陸上部だと、50メートルを全力疾走し、10秒か20秒休憩した後、再び50メートルを全力疾走するといった具合にダッシュと短時間休憩を交互に行うのがインターバルトレーニングです。
インターバルトレーニングをやったことがある人は、ダッシュを繰り返すごとにタイムが遅くなっていくことを身をもって経験しているはずです。50メートルを1本目は7秒で走れても、2本目は7.2秒、3本目は7.5秒、4本目は7.7秒、5本目は8秒といった感じで、やればやるほどタイムが悪くなっていきます。
では、ダッシュ後の10秒か20秒の間にスポーツドリンクを飲んで糖質を補給したら、常に7秒で走り続けられるのでしょうか?
そんなはずはない。
誰もが、こう思うはずです。スポーツドリンクを飲んで10秒後に疲労が回復するわけありませんよね。
そうすると、運動前のエネルギー補給と言って、糖質を摂取したところで、疲労せずに力を発揮することはできないでしょう。
何も食べなくても疲労は回復する
ところで、50メートルダッシュのインターバルトレーニングを5回実施した後、1時間休憩してからインターバルトレーニングを再開した場合はどうなるでしょうか?
例えば、サッカー部だと、最初の1時間は基本的な練習をし、15分休憩してから実践的な練習を1時間行うといった練習メニューを組んでいたとします。前半の練習の最後の方でダッシュを採り入れていたら、とても疲れますが、15分休憩すると疲労はある程度回復し、後半の練習メニューをこなせるようになるはずです。
ただ水分を補給するだけで、食事は一切しなくても、疲労は回復してますよね。
では、ダッシュ5本のインターバルトレーニング後、1時間の休憩をはさんで6本目のダッシュをしたら5本目のタイム8秒よりも遅くなるでしょうか?
遅くなりませんよね。
6本目のタイムは、再び7秒台前半まで速くなっているんじゃないですか。1本目のタイムと同じ7秒は無理だったとしても、5本目の8秒よりも速くなっているはずです。
もしも、食事でエネルギー補給しなければ力を発揮できないと言うのなら、ただ体を動かさずに休んでいるだけでは疲労は取れないでしょう。ところが、誰もが経験しているように食事をしなくても、体を休ませているだけで疲れは取れます。そして、休憩直前よりも運動のパフォーマンスは上がります。
エネルギーは勝手に補充される
ダッシュのような瞬発力を発揮する動きでは、クレアチンリン酸が主要なエネルギー源となります。クレアチンリン酸は、クレアチンからリン酸が外れた時にエネルギーが放出されます。そのエネルギーを使ってアデノシン三リン酸(ATP)というエネルギーを作り出します。我々の身体が活動するためには、このATPが必要になります。
したがって、ATPを速く多く作り出せれば、運動のパフォーマンスも上がるわけですね。ところが、クレアチンリン酸は、ATP合成速度は非常に速いのですが、作り出せるATP量が少ないという欠点があります。だから、ダッシュを1本し終えた時には、クレアチンリン酸がかなり減ってしまいます。でも、クレアチンリン酸は、クレアチンにリン酸がくっつけば復活します。
クレアチンとリン酸をくっつけるには、どうすれば良いでしょうか?
放っておけば勝手にくっつきます。
同じように筋肉に蓄えたグリコーゲンを消費しても、放っておけば回復します。これは以下の記事で紹介しています。
速筋は、グリコーゲンを使ってATPを産生します。1個のグリコーゲンからは2個のATPと2個のピルビン酸が作られます。ATPは運動に使われ、ピルビン酸は乳酸になります。乳酸は、再びグリコーゲンから2個のATPを作り出すために必要になるので、速筋に蓄えたグリコーゲンを使うほど乳酸は貯まっていきます。
貯まった乳酸は、肝臓に流れていき、2個の乳酸から1個のブドウ糖が合成されます。ブドウ糖は再び筋肉に流れて行ってグリコーゲンとして貯蔵されます。この仕組みをコリ回路といいます。2個の乳酸から1個のブドウ糖を作るのに6個のATPが必要になります。
その6個のATPはどうやって調達するの?
という疑問がわきます。やっぱり、食事で糖質を補給しなければならないんじゃないかと思うでしょうが、体に蓄えた中性脂肪から大量のATPを作り出せるので、6個くらいのATPを賄うのは簡単なことです。中性脂肪の分解産物である脂肪酸1個からは100個以上のATPを作り出せますからね。
上のような仕組みがあるから、エネルギーは勝手に補充され、1時間の休憩後にインターバルトレーニングを再開しても、休憩直前よりも速いタイムで走ることが可能なのです。
さすがに絶食し続ければ、中性脂肪が枯渇してATPを作り出せなくなりますが、1日に数回の食事をしていれば、動けなくなるほどのエネルギー不足に陥ることはありません。
誰だって、運動後に食事をせずに寝ただけで、疲労が回復した経験がありますよね。
そのような誰もが経験していることから想像すれば、運動前には糖質を摂取してエネルギー補給しなければならないという理屈が怪しいと思いませんか。別に糖質じゃなくても、脂質やタンパク質からでもATPを作り出せますから、運動前に食事をするにしても糖質にこだわる必要はありません。
むしろ、食後すぐに運動をすると、横っ腹が痛くなったりするので、運動前の食事は控えた方が良さそうに思うのですが。