体表バリアを壊さないことは誰にでもできる感染予防

病原体に感染しないために最も重要な身体の機能は何なのだろうかと考えた時、多くの人は抗体と言うのではないでしょうか?

確かにワクチンは、体内に抗体を作り、感染症の発症を防いでくれるので、抗体こそが感染予防の要と思うのは自然なことだと思います。

でも、抗体は、特定の病原体を排除するだけであり、今までに出会ったことのない病原体を排除することはできません。また、抗体は、種類にもよりますが、体内に病原体の侵入を許してからできるものなので、病原体の体内への侵入を防ぐ、いわば水際対策の役割を担っているわけではありません。

病原体の体内への侵入を水際で食い止めているのは、体表バリアです。

体表バリアの種類

体表バリアは、パソコンやスマホのファイアウォールと同じようなものです。

コンピュータウィルスが、インターネットを介してパソコンやスマホに侵入するのを防ぐのがファイアウォールです。あらゆるコンピュータウィルスの侵入を防ぐファイアウォールがあれば、パソコンやスマホがコンピュータウィルスによって破壊されるのを未然に防ぐことができます。

体表バリアも、ファイアウォールのようにあらゆる異物を体内に入ってこないようにしています。「カラー図解 アメリカ版大学生物学の教科書 第3巻 分子生物学」の228ページに体表バリアの種類と機能が掲載されているので紹介します。

防御機序 機能
皮膚 病原体や異物の体内への侵入を防ぐ。
酸性分泌物 皮膚での細菌の増殖を防ぐ。
粘液 病原体の侵入を防ぐ。病原体を傷害する抗菌ペプチド(デゲンシン類)を含む。
粘液排出 細菌や病原体を捕捉して消化管や気道から排泄する。
鼻毛 鼻腔で細菌を濾過する。
絨毛 気道から粘液と捕捉された病原体や異物を排泄する。
胃液 高濃度の塩酸やタンパク質分解酵素によって病原体を破壊する。
酸性膣 女性生殖器でカビや細菌の増殖を抑制する。
涙、唾液 潤滑と清浄を行う。
細菌を破壊する酵素(リゾチーム)を含む。

皮膚の健康維持は感染予防につながる

人体に用意されたファイアウォールは、上の通りです。

この中で注目すべきは、皮膚です。

皮膚は侵入に対する一次の非特異的防御システムである。健常な無傷の皮膚はカビ、細菌、ウイルスをほとんど通さない。しかし、皮膚表面や皮膚直下の組織に傷があると病原体の感染の危険性は著しく増大する。(229ページ)

皮膚は、病原体が感染するのを防ぐ最初の砦です。城で例えると外堀の役目をしていると言えます。

外堀の外側から城に向かって矢を放っても届きません。これと同じで皮膚に細菌やウィルスが付着しただけでは感染しません。皮膚を破壊するような病原体が付着した場合には危険でしょうが。

そして、皮膚に棲んでいる常在菌も重要な体表バリアです。上の表の酸性分泌物には、皮膚常在菌が分泌する脂肪酸も含まれます。細菌やウィルスは、タンパク質なので、酸に弱いです。皮膚が弱酸性に保たれていれば、細菌やウィルスの増殖が抑えられます。

皮膚は感染予防の第一の砦です。健康な皮膚表面は、傷がない、乾燥していないことは当然ですが、酸性分泌物で覆われていることも忘れてはいけません。

消毒液や洗剤を多用すれば、皮膚常在菌が死んでしまい、弱酸性の環境も壊され中性に傾きます。そのことは、以前に以下の記事でも紹介しました。

これは、生物学的には当たり前のことです。

特に疾患の原因とはならずに我々の正常な皮膚に大量にすみついている細菌やカビを正常微生物叢という。いわば我々と共生しており、病原体とすみかや栄養を競い合うことになり、非特異的防御システムの一翼を担っていると言える(訳注:過度な潔癖症は問題であることの生物学的な理由の1つである)。(229~230ページ)

世の中の感染予防法は、皮膚の健康維持を無視していますよね。正常微生物叢が、感染予防のために働いているのに消毒液や洗剤で殺しているのですから。

頻繁に消毒液を使ったり、洗剤で手を洗うことは、その時だけは病原体を排除できるでしょう。でも、その後の数時間、十数時間は、体表バリアが弱くなっています。これは、ファイアウォールなしで、数時間、数十時間、インターネットに接続しているのと同じです。

コンピュータウィルスを駆除したら、数時間はファイアウォールが使えないセキュリティソフトなんていらないですよね?

皮膚はタンパク質でできている

皮膚の健康維持のためには、タンパク質の摂取も大事です。皮膚はタンパク質でできていますから、普段からタンパク質を多めに食べて健やかな皮膚を維持できるようにしたいものです。

また、皮膚は乾燥でも傷みます。冬場は乾燥しやすく、皮膚がカサカサしてかゆくなることがあります。洗い物をするとアカギレすることもあります。洗剤を使って食器を洗っているのですから、皮膚表面の酸性分泌物も洗い流されるのは当然ですよね。使い捨ての手袋などを着けて、食器洗いや洗濯をするようにしましょう。

冬場に外出する時は、手袋をすれば、手が乾燥しにくくなります。空っ風に皮膚をさらし続けないことも、皮膚の健康維持には大切です。

抗体だけが、病原体から身を守る手段ではありません。

第一次の感染予防を担うのは体表バリアです。その中でも、皮膚と皮膚常在菌は、あらゆる病原体に最初に出会うのですから、皮膚を健やかに保つことと皮膚常在菌を無意味に殺さないことは、初歩的な感染予防として非常に大切なことです。

消毒液と洗剤が体表バリアを傷つけているんですよ。

参考文献