脂質摂取の健康への悪影響の指摘は状況証拠の積み重ねばかり

「脂質の摂り過ぎは健康に良くない」

ほとんどの人が常識と思ってますよね。自分のお腹についた贅肉を見ていると、「これはどうも豚肉の脂身でできてるんじゃないか」と想像してしまいます。

そんな時にテレビの健康番組で、「脂質の摂り過ぎは肥満の元」と言われたら、「今日から脂質を控えてお腹周りをスッキリさせるぞ」と一大決心し、翌日から食卓に上げる肉類の量を減らすことでしょう。でも、脂質を減らす前になぜ脂質が健康に良くないかを考えたことはありますか?

脂質が健康に悪いことを論理的に説明できない

脂質の摂り過ぎが健康に良くないとして挙げられる理由の多くが、「死亡率が上がる」とか「心筋梗塞のリスクが高まる」とかですよね。

例えば、動物性脂肪に多く含まれる飽和脂肪酸をよく摂取している人は、そうでない人よりも何倍以上動脈硬化になりやすいという指摘ですね。しかし、このように飽和脂肪酸を危険だと指摘している健康番組で、飽和脂肪酸が体の中でどのような悪さをするのかを解説していることはほとんどありません。と言うより、できないのです。

なぜなら、脂質を悪者扱いする根拠は、状況証拠ばかりだからです。

生物・化学系ライターの大平万里先生の著書「代謝がわかれば『身体』がわかる」を読んでいると、脂質と健康に関して興味深いことが書かれていることに気付きました。

悪い油の代表とされる飽和脂肪酸は、摂取し過ぎると心筋梗塞のリスクが高まると報告されました。それを受けて、飽和脂肪酸が含まれるバターからオメガ6脂肪酸のリノール酸が多く含まれるマーガリンの方が健康的と考えられるようになります。

しかし、リノール酸も過剰摂取すると、アレルギーの悪化や大腸ガンの原因となると報告されたことで悪い油に分類されるようになりました。そこで、登場したのがオメガ3脂肪酸です。αリノレン酸、魚に多く含まれるDHAやEPAがオメガ3脂肪酸の代表ですね。オメガ3脂肪酸は、炎症を抑えるすばらしい油だとされていますが、リノール酸と同じ多価不飽和脂肪酸なので、酸化しやすく、過酸化脂質となってガンや動脈硬化の原因になると言われるようになりました。それなら、炭素原子間に二重結合が1ヶ所しかない一価不飽和脂肪酸のオレイン酸が、酸化しにくいので良い油じゃないかと現在言われています。

なお、脂肪酸の酸化のしやすさについては以下の過去記事をご覧になってください。

どんな脂肪酸も最終的にはアセチルCoAになる

現在、最も危険な油とされているのはトランス脂肪酸です。

トランス脂肪酸の詳しい説明は省略しますが、簡単に言うと、通常の不飽和脂肪酸が同一方向に折れ曲がって炭素原子が連なるのに対して、トランス脂肪酸は明後日の方向に折れ曲がっている特徴があります。例えるなら、指を曲げると第1関節も第2関節も同じ方向に曲がってグーになるはずですが、なぜか小指の第1関節だけ反対方向に反ってしまってグーにならないといった感じですね。

どんなに健康に良いとされる油でも、トランス脂肪酸のような極悪人扱いされている油でも、エネルギー利用してしまえば同じです。つまり、β酸化を経てアセチルCoA(コーエー)に加工され、オキサロ酢酸とくっついてクエン酸になれば、ミトコンドリアでアデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれるエネルギーが生み出されます。そして、ATPは生きていくための活動に利用されます。

しかし、じつは、どんな脂肪酸であっても、脂肪酸合成やβ酸化に進めば、他の脂肪酸と同じく最終的にはアセチルCoAになってしまう。そもそも大量にマーガリンでも舐め続けない限り、通常の食事で身体に影響が出るほどのトランス脂肪酸を摂取することは難しい。(258~259ページ)

ということです。

さらに食事から摂取する脂肪酸がどう悪影響を及ぼすかは、状況証拠の積み重ねで説明されたものばかりだそうです。

じつは、食事から摂取した脂肪酸の身体への影響は、分子レベルで詳細に研究されたものは非常に少ない。基本的には状況証拠の積み重ねによって、善し悪しを判断していることが多い。なんせ脂肪酸は、細胞膜にも血中にも脂肪組織にも大量に存在しているので、生化学的にその生理作用をきっちりと分析することは意外と難しいのだ。「脂肪酸はバランス良く摂取しましょう」と言っても、おそらく人によってその適切な比率は違うだろう。(259ページ)

事故現場にいたら犯人にされた。

脂質が健康に良くないとする根拠は、その程度のものなんですね。

参考文献