人間も含めて哺乳類の血液中には、ブドウ糖が含まれています。そして、血液中のブドウ糖のことを血糖と言います。
ヒトの血糖値は、空腹時で100ml(1dl)当たりに約70mgから100mg含まれています。そして、ざっくり言うと、この範囲よりも血糖値が高いと高血糖、低いと低血糖となります。
血糖値を下げることができず高血糖が持続している状態だと、病院で糖尿病と診断されます。また、血糖値が低すぎると体の中の細胞が働けなくなりますから、低血糖は非常に危険な状態です。だから、「低血糖にならないように糖質をしっかりと補給しましょう」と言われているんですね。
哺乳類の血糖値
ヒトの血糖値は、先ほども述べたように70~100mg/100ml(1dl)ですが、その他の哺乳類も大体ヒトと同じ水準に保たれています。
海谷啓之先生と内山実先生の共編「ホメオスタシスと適応―恒―」の112ページに哺乳類の血糖値が掲載されているので、それを以下に紹介します。
哺乳類 | 血糖値(mg/100ml) |
ヒト | 70-100 |
マウス | 100 |
ラット | 108 |
チャイニーズハムスター | 94 |
モルモット | 112 |
イヌ | 95 |
ネコ | 89 |
ブタ | 104 |
ウマ | 98 |
ウサギ | 108 |
ウシ | 53 |
ヒツジ | 63 |
ヤギ | 63 |
アジアゾウ | 75 |
シベリアトラ | 240 |
アラスカトド | 135-178 |
ゾウアザラシ | 135 |
バンドウイルカ | 85-144 |
こうやって見ると、ほとんどの哺乳類が100mg/100ml近辺に血糖値が維持されていることがわかります。
ただ、ウシ、ヒツジ、ヤギの複数の胃を持つ反芻動物(はんすうどうぶつ)は血糖値が低めです。また、シベリアトラは、他の哺乳類の約2倍血糖値が高くなっています。
反芻動物は炭水化物(糖質)を食べていないから低血糖なのでしょうか?
いやいや、毎日、草をモリモリ食べてますから炭水化物を摂取してますよね。
反対にシベリアトラは、炭水化物をたくさん食べているのでしょうか?
いやいや、肉食動物だから炭水化物なんて、大した量は食べていないでしょう。
冒頭で述べましたが、低血糖にならないように糖質をしっかり補給しなければならないと、よく言われています。しかし、炭水化物ばかりを食べている反芻動物は血糖値が低く、炭水化物の摂取量が少ないと思われる肉食動物の方が高血糖になっています。不思議に思いませんか?
哺乳類は自前で血糖を作り出せる
反芻動物も肉食動物も、自分の体の中でタンパク質や脂質を原料にして血糖を作り出すことができます。これを糖新生といいます。
この糖新生の機能が備わっているから、哺乳類はヒトも含めて、外部から糖質を摂取しなくても低血糖にならないんですね。
反芻動物は、常に植物から多くの炭水化物を摂取しているように思いますが、実は口に入れた草を反芻動物は栄養素として体内に吸収しているのではありません。反芻動物は、複数ある胃で、微生物を飼っています。その微生物にエサを与えるために植物を食べているのです。そして、微生物が植物を食べて作り出した揮発性脂肪酸を体内に吸収してエネルギー源として利用しています。
また、反芻動物は、吸収した揮発性脂肪酸からブドウ糖を作り出せますから、わざわざ外部からブドウ糖を補給する必要がありません。この辺りのことは、以下の過去記事でも紹介していますから、ご覧になってください。
シベリアトラも、体内で糖質コルチコイド、アドレナリン、グルカゴンといったホルモンが血糖値を上昇させる働きをしているでしょうから、外部からの糖質摂取に依存しなくても低血糖になることはありません。もちろん、ヒトにも同じく血糖値を上げるホルモンがあるので、タンパク質や脂質から血糖を作り出せるので、糖質を摂取しなくても低血糖にはなりません。
長期間の高血糖が糖尿病腎症を発症させる
高血糖状態が持続する糖尿病は、血糖値を下げるインスリンの分泌量が減ることが原因で発症します。インスリンの分泌量が減るのは、頻回の糖質摂取により、すい臓のβ細胞が疲弊し、インスリンを分泌する能力が低下するからだとされています。つまり、毎食、米、パン、麺類などの炭水化物(糖質)が多く含まれている食品を食べることで、すい臓のβ細胞が衰えるわけですね。
肉とか卵が糖尿病の原因ではないのですが、これらをよく食べてると糖尿病になるという噂は、いつまでも消えません。
糖尿病になると、様々な合併症を併発します。その中で三大合併症と呼ばれているのが、糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病性神経障害です。簡単に言うと、目が見えなくなる、尿が出なくなる、足が腐るというのが三大合併症です。
三大合併症のうち糖尿病腎症は、長期間、高血糖にさらされることで糖化反応(メイラード反応、アミノカルボニル反応)が起こって生成された終末糖化産物(AGEs)が、腎臓にダメージを与えることで発症します。この糖化反応は、前掲書では以下のように解説されています。
生体内における糖化反応は、グルコースのアルデヒド基とアミノ酸やタンパク質のアミノ基が、酵素の存在を必要とせずに非酵素的に結合する反応である。血糖値が高ければ高いほど糖化反応は進み、糖尿病合併症の一因となるAGEsも増加する。(192ページ)
よくタンパク質摂取が腎臓を悪くすると言われてます。しかし、本当に悪いのは高血糖状態、つまり多量の糖質(グルコース)摂取により血液中でグルコースとタンパク質のアミノ基がくっついてAGEsが増加することだと、この文章を読めばわかると思います。ちなみに糖尿病網膜症も、AGEsが悪さをした結果です。
鳥類ではGLUT4が発見されていない
ついでに鳥類の血糖値にも、少しばかり触れておきます。
鳥類は、ヒトの2倍から4倍ほど血糖値が高くなっています。こんなに血糖値が高くて糖尿病にならないのかと疑問に思いますが、これまでにニワトリでは糖尿病合併症を認めたという報告がないようですから、鳥類は高血糖でも問題ないのでしょうね。
鳥類の血糖コントロールで興味深いのは、グルコースを細胞内に取り込むためのGLUT4と呼ばれるグルコーストランスポーターが発見されていなことです。
ヒトだとGLUT4は骨格筋と脂肪組織の細胞質内に沈んでおり、インスリンが分泌されるとGLUT4が細胞膜まで浮上してグルコースが通れるトンネルを作ります。インスリンが血糖値を下げる働きをするのは、このGLUT4に「細胞膜まで浮上してトンネルを作れ」と指令を与えているからなんですね。
しかし、鳥類にはGLUT4が見当たりません。したがって、本当にGLUT4が存在していないのなら、鳥類はインスリンの分泌では血糖値が下がりませんよね。だから、鳥類は高血糖なのかと思ってしまいますが、どうなのでしょうか。
ところで、鳥類は、GLUT4に指令を与えることができないのになぜインスリンを分泌するのでしょうか?
これは、私の妄想ですが、鳥類にとってインスリンは、アミノ酸を細胞に取り込むために分泌されるのではないかと思うのです。ヒトでは、糖質摂取だけでなくタンパク質(アミノ酸)摂取でもインスリンが分泌されます。鳥類では、グルコースの取り込みにインスリンが使われないのなら、タンパク質の取り込みがインスリンの働きなのではないかと。
哺乳類の胎児や新生児でも、グルコースの投与でインスリンが分泌されないことからも、インスリンの本来の目的はタンパク質を細胞内に取り込むことかもしれませんね。